friends-癒し-друзья, holidays-お祝い-праздникиAugust 26, 2009 25:00

サマルカンドで行われた友達の結婚式の写真が届きました。

タシュケントでは、そう親しくない人の式も含めて3回、結婚式に参加しましたが、さすがサマルカンドの結婚式はウズベキスタンの伝統色が強いようです。

男の子が手に持っているノン(ウズベクのパン)が、何故、サマルカンドのナンではないのか、気になります(コーカンドのナンか?)。

サマルカンドでの再会:http://kie.blogsome.com/2008/06/24/p259/ 

タシュケントでの結婚式1:http://kie.blogsome.com/2007/06/02/i-am-following-you/

タシュケントでの結婚式2:http://kie.blogsome.com/2006/04/30/dance-dance-dance-2/ 

タシュケントでの結婚式3:http://kie.blogsome.com/2007/04/27/happy-wedding/ 

新婚さんのハイート:http://kie.blogsome.com/2006/12/30/

タジキスタンでみた結婚セレモニー:http://kie.blogsome.com/2007/03/15/hisor-fortress/ 

ノン:http://kie.blogsome.com/2009/08/24/caucasian-bread/ 

ロシア・ビザの関係で式に参列できませんでした。ウズベキスタンへはモスクワからなら3時間くらいで行けるというのに、非常に残念でした。昨年の夏は、ロシア(ペテルブルグ)に入国してからすぐに長期マルチビザへの切り替えをし、何とか9月にカザフスタンに出張に行くことができましたが、今回、モスクワでは「法律により、ビザの期限3週間より前に更新申請は受け付けられない、9月上旬に申請するように」と言われました。どの法律だと聞きたいところですが、申請主体の語学学校自体が無理をする気が全くないので、諦めました。

CISビザ:http://kie.blogsome.com/2008/11/02/visa-to-cis-countries/ 

friends-癒し-друзья, discovery-現地事情 -знакомствоJanuary 22, 2009 25:00

ウズベキスタンでお世話になった方が出張で来日され、休みの日に、真珠の首飾りを求めて一緒に横浜に行ってきました(新宿でも探したものの高すぎるということで、私に土地勘があり、こじんまりしている横浜に)。

いくつものお店を回りメモをとり写真まで撮らせてもらい、ランチ中に店の名刺と品物をおさらいし、横浜の東口と西口を何度も往復し。お店の人は、内心「早く決めろよ」と思っていたに違いありませんが、どこのお店も丁寧に対応してくれました。このようなお店の対応に、私はありがたい・・と感謝していましたが、探している当の本人は、少し怪訝そうな様子。聞くと、このようなニコニコした対応が、ウズベキスタンだと(おそらく旧ソ連地域だと)「非常に子供っぽく」てよろしくないとのことでした。ご存じのとおり、旧ソ連地域には、仕事中に笑うとはけしからん、という意識が残っているので、この方の意見も無理からぬことではありました。

Cold peoplehttp://kie.blogsome.com/2008/10/09/cold-people/

friends-癒し-друзья, discovery-現地事情 -знакомствоJanuary 16, 2009 25:00

ロシアやカザフスタンのビザを取得するのが大変だったと書きましたが(http://kie.blogsome.com/2008/11/02/)、ウズベキスタン国籍の人が日本のビザを取得するのも面倒であることを痛感しました。

ロシアといったCIS諸国国籍の人が日本査証を取得するには、日本にいる人からの招待状等々の書類を用意しなくてはいけません。韓国留学中のウズベキスタンの友人が1月に日本に遊びに来ることになり、私がそれらの書類を用意することになりました。私(身元保証人)の在職証明書についても困りましたが、さらに困ったのが友人関係を証明する書類です(手紙やEmail、国際電話通話明細票、一緒に映っている写真)。招待状には、知りあった経緯や交流も記載しなければならないので、ウズベキスタンに居たころにやりとりしたメールを昔のパソコンから探し(携帯電話のSMSで連絡して会う、ということが多かったのでそんなにメールもなく)、一緒に撮った写真なんてあったっけ?と彼女に問い合わせ(若い女の子でもないと、通常の友達付き合いで一緒に写真を撮ることなど滅多になく)。

結局、突然のウォン安もあり、彼女の来日は実現しませんでしたが、これからは、会う度に一緒に写真を撮ろう、と決めました。

韓国の中のウズベキスタン:http://kie.blogsome.com/2008/04/06/

friends-癒し-друзья, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 16, 2008 25:00

アスタナのレストランは不案内なので、また「ナウルーズ」へ。

手前が馬肉のベシュバルマック、奥が羊肉のベシュバルマックです。

ここの馬肉(Казы、カズィ)は、上品でした。

ウズベキスタンの地方マルギランで見た馬肉ソーセージ(注文しませんでした):http://kie.blogsome.com/2007/07/29/horse-meat/

「ナウルーズ」:http://kie.blogsome.com/2007/09/27/kazakh-cuisine/

アルマティでは、ドライバーさんに「家庭料理のカフェ、ラグマンとかの食べられるあの民家カフェ」と説明にならない説明をして、昨年、二日続けて訪れたカフェに連れて行ってもらいました。

心なしか、料理が小奇麗になっていました。メニューに「べスバルマック」がないと思って聞いてみたら、「Мясо по казахски カザフ風肉料理」だと言われました。美味しかったですが、あのベシュバルマックが食べたかったです。

「あのベシュバルマック」:http://kie.blogsome.com/2007/03/20/lunch-in-kazakhstan/

something-愛すべきもの-любимое, friends-癒し-друзьяJune 25, 2008 25:00

 

 

 

 

 

楽器を造る工房にお邪魔してきました(1年半もタシュケントに居ましたが初訪問です。)。

案内してくれた方はウズベク民族楽器のドゥタールを習っており、親方や学生さんが木を削ったり弦を張ったりして楽器を造っている横で、親方が完成させたばかりのドゥタールでいろいろな曲を引き続けていました。

ドゥタールは、全て木で造られている楽器です。

動物の皮を張っている楽器は、中国カシュガルのものとのことで、この工房でも年に数回しか作らないとか。写真は、牛の心臓の皮を張っているところです。

「(弾けもしないのに)お土産に買って帰りたい!」と思いましたが、何やら特別な許可が必要とのことで、今回は断念しました。

アジアの弦楽器の音色は、西洋のそれとはまた異なり、哀愁を帯びているというか、自分がアジア人だからなのか何か懐かしいものを感じさせます。

中国の弦楽器:http://kie.blogsome.com/2006/09/17/

something-愛すべきもの-любимое, friends-癒し-друзьяJune 24, 2008 25:00

サマルカンドの友達に会いに行った際に、一緒に、その先のシャフリサーブスにも行ってきました。シャフリサーブスは、ティムールの出身地ですが、特にシャフリサーブスの何が観たかったというわけではなく、シャフリサーブスまでは山を越えるので景色がいいのだろうということと、友達がその街の出身であることと、任期中(昨年10月まで)は私的旅行で行くことが認められていない地域だったことが、タシュケントから日帰りでシャフリサーブスまで行った理由でしょうか。

 

タシュケントからサマルカンドまで安全運転で4時間強、サマルカンドからシャフリサーブスまでは、2時間弱でした。

 

シャフリサーブスへ向かう山道では、途中、泉が湧き出ている場所があり、車を停めて水を浴びる人やペットボトルで水を持ち帰る人がいました。

 

 

 

峠から見えた街はキタKitabで、シャフリサーブスはまだその先にありました。

 

 

 

 

 


シャフリサーブスとは(確か)、「シャフリ」がタジク語で「緑の多い」、「サブス」がウズベク語で「街」を示すとのことでした。

 

シャフリサーブスとサマルカンドを比べると、サマルカンドの方が街に緑が多いと感じましたが、シャフリサーブスまでの道には、木々の多い所もありました。

 

 

 

   

 

シャフリサーブスでは、カフェでお茶をし観覧車に乗りながら、友達の子供時代の話をして帰ってきました。

大阪には、デパートビルに観覧車があり、子供連れの家族は買い物帰りにふらっと乗ると聞いたことがあったので、

友達も、子供の頃、この観覧車に飽きるほど乗ったのではないかと思っていたのですが、放課後も週末も家で家事の手伝いをし外で遊ぶことはあまりなかったとのことで、観覧車にも数回しか乗ったことがなかったそうです。

Uncategorized, friends-癒し-друзьяMay 16, 2008 25:00

以前にも触れましたが、ウズベキスタン在住の日本人は、多くがJICA関係者で、その他、大使館、一般企業、教育機関で働く方々ですが(http://kie.blogsome.com/2007/05/20/)、ウズベク語聖書を作るために滞在されていた方(http://kie.blogsome.com/2007/01/31/)や、芸術活動の一環として滞在されている方もいます。

 

その一人が、漆職人。ウズベク人の職人徒弟制度に疲れたり、何の後ろ盾もなく滞在しているために身柄拘束こそはなかったものの不法滞在扱いを受けたり、身を持って「ウズベキスタン」を感じていたようです。活動ですが、聞けば、ウズベキスタンは漆の原料は採れないそうで、木の作品を創作されています。上の写真は、「胡桃を潰すための器」です(潰した胡桃と言えば、サワークリームと潰した胡桃を、赤ビーツの千切りにかけて食べるサラダが好きでした。)。

本人は、今年8月に3年の修行(?)を終え帰国しますが、写真の器は一足先に日本に帰ってきています。

朝日現代クラフト展(中村真http://www.asahi-web.net/craft/):阪急百貨店大阪うめだ本店(2008年5月21日から27日)、横浜都築阪急(2008年6月4日から10日)

friends-癒し-друзья, neighbours-中央アジア-соседиApril 6, 2008 25:00

ウズベキスタンには多くのコリアン(朝鮮系・韓国系)の人々が住んでいますが、実は、韓国にも多くのウズベキスタンの人々が住んでいます。ウズベキスタンの人にとって、韓国は、ロシアに次ぐ出稼ぎ先だそうです。

ソウルに留学中の朝鮮系ウズベキスタン人の友人が、CIS諸国から来た人が集まる一角に連れて行ってくれました。東大門のそばです。

ロシア語の看板があったり、すれ違う人がウズベク語を話していたり、少し変わった場所でした。

ウズベキスタンの中のコリア:http://kie.blogsome.com/2008/01/12/

ウズベク・コミュニティがあるのかと質問したら、彼女は「CISのコミュニティ」だと答えました。

彼女の口からは、「ウズベキスタン」と同じくらい「CIS」という言葉が出てきます。

彼女は、ソ連に生まれ、人生の半分以上をソ連で過ごしてきていたので、ウズベキスタンという以上に、ソ連・CISの人間という意識が強いそうです(コリアンという感覚は全くないとのこと。)。

ロシアや中央アジアから来た人たちと子供のころの話をすると、大体、皆、似たような体制の中で似たような生活をしていたので(共産党の少年団)、共通話題が多く、一体感を感じると話していました。

ところで、地下鉄で移動している際、彼女が、「韓国の地下鉄の乗客って、電車の入口で二列に並んで待っているのよ!ものすごく驚いたの。」とこれは変!といった勢いで話してきました。「私は、ウズベキスタンで、誰も並んで待っていないのに驚いたよ。」と応えました。

韓国に行った主目的は、こちら:http://kieosaka.blogsome.com/2008/04/05/

foods-情熱-блюда, friends-癒し-друзья, discovery-現地事情 -знакомствоJanuary 12, 2008 25:00

ウズベキスタンで覚えた味、韓国料理(ないし朝鮮料理か。コリアン料理か。)。

「冬ソナ」旋風時、日本にいなかったこともあり韓流ブームに乗り遅れ、また、韓国料理といえば焼肉と思い込んでいたので、肉をあまり食べない身には韓国料理は縁遠かったのですが、タシュケントでコリアン料理、特に「スンドゥップ(豆腐鍋)」を知りました。

タシュケントには、コリアン料理屋が多数あり、日本人滞在者が好んで通っていました。写真左は、タシュケント「韓国館」のもの。大阪ではスンドゥブ専門店「スンドゥブ OKKII」で、京都では「李朝園」でスンドゥブを食べました。

ウズベキスタンも韓流ブームにわき「冬ソナ」が流行ったそうですが、コリアン料理屋が多いのは、ウズベキスタンに多くのコリアンが住んでいるからです。第二次世界大戦時に、沿海州付近に住んでいたコリアンが日本のスパイの容疑をかけられ、中央アジアに強制移住させられ、そのまま定住しました。

このように多くのコリアンが定住しているために、道端で「アジア人」ということで理不尽な扱いを受けたことはないのですが(逆にウズベキスタンの人と思われ、道を聞かれたりします)、やはり、コリアンの人達も、特にウズベキスタン独立後、ウズベキスタンは住みにくいと感じているようです。

ウズベキスタン独立後、公職に意図的にウズベク人を登用しているのか否かは定かではありませんが、ウズベク語化政策の一環として、公職に就くにはウズベク語の試験を受けなくてはいけないので、おのずと、ウズベク人以外の民族のウズベキスタンの人が公職に就き昇進していくことは難しくなっています。倒産法注釈書プロジェクトのワーキング・グループにもコリアン系の裁判官が参加していましたが、裁判官として何か賞をとったことがある彼女について、あるウズベク人弁護士が、「彼女は非常に優秀な裁判官である。ウズベク人でもないのにあの賞を取ったのだから。」と話していたことからも、ウズベク人以外の民族の立場を伺うことができました。

タシュケント(正確には、キルギスのビシュケク)で知り合ったコリアン系の友人は在ウズ3世でした。おじいさんの代にウズベキスタンに移住させられ、両親も本人もウズベキスタン生まれ、ウズベキスタン育ちですが、独立後、一族全員、ロシアに移住し、ウズベキスタン人のアイデンティティの強い彼女のみ、ウズベキスタンに残りました。何故、韓国ではなくロシアに移ったのか、明確に聞いたことがありませんが、強制移住させられたコリアンは、北方の沿海州付近に住んでいた人達なので、現在でいえば北朝鮮が故郷となるようで、北朝鮮に戻ることもできなかったからかと思われます。彼女は、昨年秋から、韓国に「留学」しており、いつかは、北朝鮮で働きたいと話していました。彼女の母語はロシア語で、大学に入ってから学んだ韓国語は完全に「外国語」で(英語・ウズベク語の方が得意とのこと。)、ウズベキスタンが恋しくなると、韓国のウズベキスタン・コミュニティーに行くそうです。

韓国の中のウズベキスタン:http://kie.blogsome.com/2008/04/

foods-情熱-блюда, friends-癒し-друзья, holidays-お祝い-праздники, sweets-至福-сладостиOctober 14, 2007 25:00

ラマダン・ハイトの祝日の2日目

ウイグル人の友達が、旧市街を案内してくれました。

外国人が珍しいのか、子供たちが寄ってきて、どこから来たのか聞かれました。

 

 

 

 


狭い路地を入っていくと、おじいさんがお茶とお菓子に誘ってくれました。どなたか亡くなったようで、知り合いの方々が訪れてきていたようでした。

小麦と砂糖を混ぜた粉のようなお菓子は「Талкон Tolqon」(タジクのお菓子との説明も)、蜂蜜のかかったお菓子は「Чак-чак Chak-chak」です。

チャクチャク:http://kie.blogsome.com/2006/08/05/p43/

旧市街を散歩した後、お宅にお邪魔し、ウイグル・ラグマンをいただきました。

具は蒸してから麺と混ぜるとのことで、あっさりしたラグマンでした。

下の写真の麺のように見えるものは、「Санза Sanza」という揚げスナックです(キルギスのものともウイグルのものとも)。

甘さはありません。

 

ウイグル・ラグマン1:http://kie.blogsome.com/2006/10/28/uyghur-cuisine/

ウイグル・ラグマン2:http://kie.blogsome.com/2007/03/06/longing-for-the-true-lagman/

ウイグル・ラグマン3:http://kie.blogsome.com/2007/09/16/uyghur-lagman-again/

ウイグル・ラグマン4:http://kie.blogsome.com/2007/10/15/last-lagman/

foods-情熱-блюда, friends-癒し-друзья, holidays-お祝い-праздникиOctober 13, 2007 25:00

今年のラマダン・ハイットも、カザフ人の友達のお宅にお邪魔しました。お母さんが、魚料理を用意してくれました。

2006年ラマダン・ハイット:http://kie.blogsome.com/2006/10/23/ramadan-hait/

friends-癒し-друзьяMay 20, 2007 25:00

タシュケントには150人程度の日本人が住んでいるそうです。

私は、150人「も」いるのか、と思いましたが、ウズベクの人には、150人「しか」いないの!と言われました。大半が、JICA関係者(とその家族)とのことです。他には、大使館関係、企業駐在員、単独で仕事をしている方等がおられます。

時々、日本人の方のお宅からご招待を受けるのですが、その際は、日本料理をいただきます。お料理は、こちらで手に入るものを工夫して使ったり、やはり日本から持ってきた食材もあったりします(海藻類や調味料)。

左の写真は、小豆のムースの上に抹茶のゼリーが重ねられているデザートです。ごちそうさまです。

その他、お稲荷さん、稲庭うどん(手作り特製たれ)、手作りガンモドキ等々。

friends-癒し-друзья, holidays-お祝い-праздникиApril 27, 2007 25:00

テレビ塔の少し先にある結婚登録所に行ってきました。

もちろん、自分の登録ではなく、知り合いから「Загсで結婚を登録するので来ますか。」と聞かれ、何をするのかもよくわからず、好奇心からとにかく行ったということです。着いた所は、中も外もピンク色の役所で、外には、リング二つを組み合わせた結婚の印があるその名もずばり「House of Marriage」でした。

集まったのは、新郎新婦とその家族、それぞれの友人2、3名で、それに役所の女性が加わり、結婚の誓い、登録書への署名、指輪の交換が行われました。セレモニー自体はいたって簡単で、10分程度で終了しました。興味深かったのは、1)結婚指輪が右の薬指につけられること(婚約指輪が左の薬指)、2)パスポートにも結婚のスタンプがおされること、3)結婚を証明する冊子が発行されること、でした。

最近、仕事に忙殺され生活が殺伐としていましたが、本日は、快晴の下、とても初々しいカップルの結婚をお祝いし、よい休日となりました。

friends-癒し-друзьяOctober 30, 2006 25:00

A Swedish biker, travelling by bike all the way from Tokyo to Copenhagen, left Tashkent after he had a really short break here on the very rainy day.  In August he left Japan, where he had been for 8 years.  What was amazing to me is that he didn’t eat meat on principle but had spent much time in Central Asia, where it is truly hard to find dishes without meat.  What was more amazing to me is that he still enjoyed this area….  Now he might be heading for his goal with no stop so that he can complete his bike journey before the snow covers his way.  I do hope he can…
http://www.tokyocopenhagen.blogspot.com/

friends-癒し-друзьяOctober 17, 2006 25:00

南京で二胡を演奏する友人。

現在、横浜を中心に活動中。

A friend of mine, playing the Huko, chinese traditional musical instrument in Nanjin.

She is now expanding her activities around Yokohama.

 

 

 

 

 

http://members2.jcom.home.ne.jp/niko-club2000eigetsu/watari.htm

以前のブログ http://kie.blogsome.com/2006/09/17/5-years-in-china/

friends-癒し-друзьяSeptember 17, 2006 25:00

5年前、中国に消えた(留学した)友人が、この夏、南京師範大学音楽学院修士課程を修了し、横浜に戻ってきました。彼女の専門は、中国伝統楽器の二胡です(古筝や古琴も演奏しますが)。少し前、日本でも二胡が流行しましたが、この類の楽器は比較的新しく、中国では、琵琶が伝統楽器の代表だとか。二胡の音色は、女性の歌声のようで、どこか懐かしい感じがします。二胡の演奏には楊琴(打弦楽器)が欠かせないそうで、彼女は、中国人の楊琴奏者と一緒に、中国の伝統音楽を教える予定です。また、南京という地に居て日本と中国との関係を考えることも多かったようで、日本にもっと中国の情報や実態を提供することも計画しているようです。

 古筝

 南京師範大学の寮にて。

 二胡の写真は照会中。

 

 

http://members2.jcom.home.ne.jp/niko-club2000eigetsu/watari.htm

friends-癒し-друзьяSeptember 16, 2006 25:00

ローカル線中のローカル線、JR宇部線(山口県)に揺られ、宇部新川に行ってきました。行き先は、この夏に宇部新川駅前に開かれた法律事務所です。事務所の主は、これまで下関で弁護士業をしてきた、よく食べよく酒を飲む宇部市出身の女性です。彼女は、5年前、山口県初の女性弁護士として下関の弁護士会に登録しました。久しぶりの新人弁護士の入会ということもあり、プレッシャーは大きかったと思います。しかし、鈍感だからか、覚悟を決めて地元山口に登録したからか、飄々と、でも、堅実に仕事をしてきたように見えました。現在、山口県全体で女性弁護士は5名で、若手弁護士の新規登録も増えているそうです。

JR宇部線はワンマン電車が走り、多くの駅が無人駅ですが、宇部新川駅は有人駅(自動改札はなし)です。駅前はあまり建物がありませんが、宇部新川が宇部市内では一番栄えている地域だとか(半信半疑)。

friends-癒し-друзьяJune 7, 2006 25:00

ウズベキスタン共和国に住む「ウズベキスタンの人(узбекистанцы)」の約7割は、「ウズベク人(узбекиウズベク族の人)」ですが、その他に、ロシア人(1割)、カザフ人、タジク人、タタール人、朝鮮人も住んでいます。

 Tatar Festival at Babur Park

 

 Young guys on ‘Broadway’.

 Tatar, Kazakh, Korean.

 会話はロシア語。

 

 

 Russian lady, working at the Tokyo blanch of Uzbekistan Airways.

 ウズベキスタン生まれ、ウズベキスタン育ちのロシア人でありながら、中身は日本人。