neighbours-中央アジア-соседиMay 17, 2009 25:00

ウズベキスタンの都市サマルカンドにあるグルエミル廟を模したモスクが、ペトロザボーツク側にあります。もちろん、ウズベキスタンの人だけが来るわけではなく、モスクの側でスカーフを被った東南アジア系の少女達を見かけました。

ウズベキスタンにとってロシアは最有力出稼先で(二番が韓国です:http://kie.blogsome.com/2008/04/06/)、街でもウズベク語らしき言葉をよく耳にします。新聞にも、農作物の収穫時に季節労働者として多数のウズベキスタンの人が働きに来ること、ウズベキスタンの人は非常に勤勉であることが書かれた記事を見つけました。

discovery-現地事情 -знакомство, neighbours-中央アジア-соседиNovember 2, 2008 25:00

またまた、ビザの話です。ビザの発給は、大使館次第、窓口担当者次第(気分次第?)、運次第という話です。ロシアのビザ:http://kie.blogsome.com/2008/10/13/visa-to-russia/

もう9月のことですが、ロシアからカザフスタン出張に行くために、カザフスタン・ビザの申請代行をペテルブルグの旅行会社にお願いしたところ、旅行会社曰く、大使館窓口で申請書類の受理には「公証人のサイン」が必要だと言われたとのことでした。ビザ申請書類の公証については、カザフスタン大使館ホームページのどこにも記載されておらず、また、旅行会社担当者が電話で申請書類を確認した際にも指摘されず、その旅行会社ではこのような前例はないとのことでした。ただ、争ったところで意味もなく、また、ロシアビザの切替の関係で出発日まで10日もなかったので、翌日、朝一番で、旅行会社担当者と一緒に公証人事務所へ駆け込みました(寒さに耐えながら事務所が開くのを待っている間、代理申請だから公証を要求されるのか、そうであれば、このままカザフスタン大使館に連れて行ってもらって、私本人が申請してしまえば済むような・・とも思いつつ)。

事務所の机につくと、机の女性に、いきなり「あなたは、公証人**にビザの申請を委任することを希望しますか」と聞かれました。旅行会社担当者が英語で通訳しようとしたところ、その女性はものすごい勢いでその担当者を静止し、またロシア語で「**委任することを希望しますか!?」と迫ってきました。書類の公証ではなく申請依頼だったのかな、もうなんでもいいからやってくれと、とりあえず「はい」と答えたら、その女性は委任状を作成してくれました。

どうもロシア人ではない私がカザフスタンのビザを申請したので、カザフスタン大使館は公証人を通すように要求したのではないかと推測できましたが、ロシア語を理解しない外国人だったらどうなっていたのでしょうか。カザフスタン出張:http://kie.blogsome.com/2008/09/

ウズベキスタンで、カザフスタン・ビザを申請した際も、何がどうしてそうなの、と思うことがありました。2007年3月にカザフスタンに行った際、招待状なくシングル・エントリーのビザを発給してもらえましたが、2007年9月に行こうとした際には、シングル・エントリーのビザでも招待状が必要であると、申請書類が受理されませんでした。前回は不要だった、ホームページを見ても招待状は要求されていない等々訴えましたが、回答は「法律が変わったから」とだけで、受理してもらえませんでした。最終的には招待状なくビザを取得したものの、この時も出張が迫っていたので焦っていろいろ試し、結局、別の窓口担当者の時を狙って再度申請書を提出したのか(招待状なく)、招待状は必要だったけどどうにかして発給してもらったのか、どうしてビザが取得できたのか記憶にないところです(ロシアでビザを取得した際には招待状を要求されなかったので、おそらく前者だと思います)。当時、周囲のウズベク人には、「窓口の人の気まぐれでしょ」、と言われましたが、今でも納得できません。

一方、観光に力を入れている、もとい、観光目的以外ではあまり日本人が行かないとも言えるウズベキスタンについては、観光でもビザが必要ですが、ビザ発給に招待状は不要です。ビザ発給は2000円と有料ですが、目黒の大使館で1週間程で問題なく発給してもらえました。キルギスは、5日以内の滞在であればビザが不要です。ウズベキスタンも、せめて8日以内の滞在はビザ不要、としてほしいところです。

タジキスタンもビザ取得に招待状は不要と記憶していますが、タシュケントでタジキスタン・ビザを取得しようと思って困ったことがあります。心配症の日本人なのでビザは早く取得したいと思っていましたが、出張の調整が中々つかずタジキスタン入国予定日の5日前にようやく申請したところ、「早すぎる。出発の3日前くらいに申請して。」と申請を拒否されました。3日前も5日前も大して変わらないだろうにと思いつつ、3日前まで待ちました。

Visa to Japan:http://kie.blogsome.com/2009/01/16/visa-to-japan/

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 20, 2008 25:00

カザフスタンに行ったら絶対に食べようと思っていたもの、Баурсакиバルサキ。

甘さはなく、モチモチしている食感が気に入っています。アルマティで1キロ600テンゲ(約600円)。半キロ買いました。

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседи 25:00

仕事を終えてアルマティ空港に向かう途中、ドライバーさんが、お土産ということでくれました。カザフスタンの旧首都アルマティ(アルマ・アタ)は林檎の産地です。もっとも、生産高は減少傾向とのこと。

これに関係して、アルマ・アタАлма Атаはカザフ語で「林檎の父」を意味すると言われることもあるようですが、間違いだそうです。インターネットで見つけた解説では、カザフ語で「林檎」は「アルマ」ではあるが、「林檎の祖父」としても(「父」は無理なようです)、それは、アルマ・アタシィ(Алма Атасы)かアルマリィ・アタ(Алмалы Ата)になるとのことです。さらに、この解説は、「アルマ・アタ」はロシア語名称なので、カザフ語の「林檎の父」とはなりえないという見解も否定し、「アルマ・アタ」はロシア語名称としてもカザフ語名称としても使われていたが、実際には、上記のとおり、ロシア語としてもカザフ語としても正しいものではない、と結論を出していました。「林檎の街」と結び付けようとするから「正しくはない」と判断されるのだと思いますが、私には、何故二つの名称が使われていたのかということの方が気になります。

一方、アルマティАлматыは、カザフ語で「リンゴの」という意味だそうです。

ところで、アルマティの名産品のこの林檎ですが、空港で食べてしまう時間もなく、かといって、せっかくのお土産を空港で捨てるわけにもいかず・・・。

「アルマティかアルマ・アタか?」http://www.lyakhov.kz/semirek/aty-ata/almaty.shtml

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 18, 2008 25:00

アルマティで食べたマンティは、よく知っているマンティとは少し異なり、まさに「肉饅」「饅頭マントウ」でした。

スメタナが一緒に出てきた点は、いつものマンティでした。

マンティ:http://kie.blogsome.com/2007/01/03/dumplings/

CIS餃子系料理:http://kie.blogsome.com/2009/04/16/

friends-癒し-друзья, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 16, 2008 25:00

アスタナのレストランは不案内なので、また「ナウルーズ」へ。

手前が馬肉のベシュバルマック、奥が羊肉のベシュバルマックです。

ここの馬肉(Казы、カズィ)は、上品でした。

ウズベキスタンの地方マルギランで見た馬肉ソーセージ(注文しませんでした):http://kie.blogsome.com/2007/07/29/horse-meat/

「ナウルーズ」:http://kie.blogsome.com/2007/09/27/kazakh-cuisine/

アルマティでは、ドライバーさんに「家庭料理のカフェ、ラグマンとかの食べられるあの民家カフェ」と説明にならない説明をして、昨年、二日続けて訪れたカフェに連れて行ってもらいました。

心なしか、料理が小奇麗になっていました。メニューに「べスバルマック」がないと思って聞いてみたら、「Мясо по казахски カザフ風肉料理」だと言われました。美味しかったですが、あのベシュバルマックが食べたかったです。

「あのベシュバルマック」:http://kie.blogsome.com/2007/03/20/lunch-in-kazakhstan/

task-自分/法律-дела, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 15, 2008 25:00

モスクワからウラル地方のペルミに飛んだ飛行機が落ちた翌日、モスクワを経由し、ウラル地方の上を通って、カザフスタンに行ってきました。ちょうど一年振りでした。

写真は、アスタナの最高裁判所の入口から撮ったものです。家に戻ってきて、カザフスタンで撮影した写真のうち、食べ物ではないものは、この一枚だけであることに気がつきました。 

2007年9月:http://kie.blogsome.com/2007/09/

2007年3月:http://kie.blogsome.com/2007/03/

カザフスタン最高裁判所の外観:http://kie.blogsome.com/2007/09/30/economic-disputes-in-cis/

task-自分/法律-дела, neighbours-中央アジア-соседиJune 30, 2008 25:00

中央アジア諸国の法律は似ているのか。17年ほど前までは同じ法制にあったのだから似ていてもおかしくはないのですが、中央アジア諸国の企業法制、担保法制、倒産法制を調べていて、ちょっと引っ掛かったことが二点ありました。

一点目は、未だにCIS諸国の国会間委員会により「モデル法」が策定されていることです。

ソ連邦が崩壊し、各国が独立した直後に、民法といった市場経済に必要な基幹法律についてモデル法が策定されたことは、よく理解できます。しかし、ソ連邦崩壊から15年以上経っても、執行手続のモデル法が成立したり、企業関連のモデル法が改正されたりしています。中央アジア各国におけるモデル法の採用率・参考度ははっきりはわかりませんが、近年も、委員会メンバーでもないウズベキスタンもモデル法を参考にしていたり(モデル法を参考にしたロシア法を参考しているようにも思いますが)、カザフスタン国会があるモデル法の第一草案を起案していたりします。

二点目は、特に中央アジア諸国の法律は似てる似てると外野は指摘していますが、案外、当の本人たちは隣国の法律を意識していないように思える点です。

もう2年も前のことですが、キルギスで倒産法に関するセミナーに参加した時(http://kie.blogsome.com/2006/07/15/)、キルギスの管財人から「ウズベキスタンの倒産法ってどんな法律ですか」と質問を受け、この3月にも来日していたキルギスの司法省職員に「倒産法だって、ウズベキスタンもキルギスも似ているでしょ?」と言われました(私は、ウズベキスタンとキルギスの倒産法は似ていないと思っています)。地続きで、両国とも法令はロシア語でも出されているので、お互いの法律の概要は知っているものだと勝手に思っていたので、少し驚きました。書籍やインターネットが発達しているわけではないので、無理もないと言えば無理もないのですが、タジキスタンでも、法整備を支援しているアメリカ援助団体から、タジキスタンの立法関係者が特に近隣諸国の法律に興味があるわけではない、と聞きました。

特に足並みを揃えるつもりがない中央アジア諸国にとって、モデル法はどのような役割を果たしているのでしょうか。http://kie.blogsome.com/2007/02/19/bankruptcy-law-of-uzbekistan/

neighbours-中央アジア-соседиMay 2, 2008 25:00

企業法制について「中央アジア諸国で問題になっていること」を調べていて、「中央アジア諸国」というマジック・ワード(?)に引っ掛かりました。調べ物の対象国は、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタンですが、これらの国の共通点といえば、昔、ソ連邦を構成し、今、どの国も、自国の独立性・独自性を確立しようとしているということでしょうか。そのため、政治も経済も、法律もバラバラになりつつあるように思います。

よく、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンを「中央アジア諸国」と括ってしまいますが、彼の国の人たちはどう考えているのでしょうか。ウズベキスタンは自分が中心という意識から(「中央アジアの盟主」)、この5ヶ国を「中央アジア諸国」とし、自国も中央アジア諸国と考えているかもしれません(「ウズベク」の意味も「自分が君主」という意味だとか。)。気になるのはカザフスタンです。

カザフスタンの国境の北半分はロシアに接しています。人種的には、カザフ人は、キルギス人と親戚で、また、ロシア人よりはウズベク人に近いとは思います。では、ペルシャ系のタジク人につき、モンゴル度の強いトルコ系のカザフ人は、どの程度「仲間意識」があるのでしょうか。一方で、カザフスタンは、オイル・バブルで「中央アジア諸国」の中では経済的に突出し、ロシア、カザフスタン、ウクライナあたりの括りを考えていないのだろうか、と興味があります。

さらに、「中央アジア諸国」について引っ掛かったのは、とある冊子に「中央アジアにあり、・・・たアフガニスタン」というフレーズを見つけたときです。確かに、アフガニスタンは、タジキスタン、ウズベキスタンとトルクメニスタンの南に隣接し、地域を少し広げれば、アフガニスタンも中央アジア諸国かもしれません。アフタにスタンは、ソ連邦を構成することはありませんでしたが、タジク人とアフガン人(パシュトゥーン人)はお互いの言葉がわかるほど人種的・言語的にも近く、また、アフガニスタンには、タジク人もウズベク人も住んでいます。

ということで、「中央アジア諸国」とは。

ところで、ウズベキスタンの仕事をしていたと話すと、「ああ「スタン」の国!」という反応が返ってくることがあります。国名に「スタン」がつくのは、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン(現在の正式国名はキルギス共和国)、タジキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタンです。「スタン」とは、ペルシャ語から来たトルコ語で、地方という意味で、「**人の地」というように、カザフスタンは、「カザフ人の地」ということになるそうです。実際に住んでいるのは、カザフ人だけではありませんが。ただし、パキスタンは、別に「パク人の地」というわけではなく、造語とのことです。そうなると、パキスタン以外は、アフガニスタンも含めて、一つの地域なのでしょうか。

friends-癒し-друзья, neighbours-中央アジア-соседиApril 6, 2008 25:00

ウズベキスタンには多くのコリアン(朝鮮系・韓国系)の人々が住んでいますが、実は、韓国にも多くのウズベキスタンの人々が住んでいます。ウズベキスタンの人にとって、韓国は、ロシアに次ぐ出稼ぎ先だそうです。

ソウルに留学中の朝鮮系ウズベキスタン人の友人が、CIS諸国から来た人が集まる一角に連れて行ってくれました。東大門のそばです。

ロシア語の看板があったり、すれ違う人がウズベク語を話していたり、少し変わった場所でした。

ウズベキスタンの中のコリア:http://kie.blogsome.com/2008/01/12/

ウズベク・コミュニティがあるのかと質問したら、彼女は「CISのコミュニティ」だと答えました。

彼女の口からは、「ウズベキスタン」と同じくらい「CIS」という言葉が出てきます。

彼女は、ソ連に生まれ、人生の半分以上をソ連で過ごしてきていたので、ウズベキスタンという以上に、ソ連・CISの人間という意識が強いそうです(コリアンという感覚は全くないとのこと。)。

ロシアや中央アジアから来た人たちと子供のころの話をすると、大体、皆、似たような体制の中で似たような生活をしていたので(共産党の少年団)、共通話題が多く、一体感を感じると話していました。

ところで、地下鉄で移動している際、彼女が、「韓国の地下鉄の乗客って、電車の入口で二列に並んで待っているのよ!ものすごく驚いたの。」とこれは変!といった勢いで話してきました。「私は、ウズベキスタンで、誰も並んで待っていないのに驚いたよ。」と応えました。

韓国に行った主目的は、こちら:http://kieosaka.blogsome.com/2008/04/05/

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседи, transport-交通-транспортMarch 31, 2008 25:00

カザフスタンの倒産法を調べていて、2004年にエア・カザフスタンが倒産した後は、エア・アスタナがカザフスタンを代表する航空会社であるとの記事を見つけ、ふと、エア・アスタナ(のチョコレート)を思い出しました。

もう半年も前の話ですが、タジキスタン・カザフスタン出張の際、カザフスタンのアルマティからアスタナまで「AirAstana エア・アスタナ」に乗りました。この出張では、ウズベキスタン航空の国内線と国際線、SCAT(カザフスタン)とエア・アスタナを利用しましたが、機内食のランキングは、ウズ・エア国内線→ウズ・エア国際線→SCAT→エア・アスタナでした。

エア・アスタナの機内食で一番感動したのは、「チョコ」です。SCATやキルギスのアルティン・エアのようなチョコバーではないのです(写真の左上に注目)。ちなみに、ウズ・エアには、チョコはつきません。その他の機内食については、以下をを参考のこと。

2007年9月の出張アスタナ:http://kie.blogsome.com/2007/09/26/

2007年3月のタジキスタン・カザフスタン出張:http://kie.blogsome.com/2007/05/07/

2006年7月のキルギス出張:http://kie.blogsome.com/2006/07/15/ 

ウズベキスタン航空:http://kie.blogsome.com/2006/12/18/

*カザフスタンの会社関連の法律和訳や倒産法の概要は、法務省法務総合研究所国際協力部のホームページに掲載される予定です。

task-自分/法律-дела, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 30, 2007 25:00

9月下旬、用があって、カザフスタンとタジキスタンの経済事件を扱う裁判所に行ってきました。

タジキスタンもウズベキスタンと同様、裁判所は、憲法裁判所、最高裁判所、最高経済裁判所の三系統です。ソ連時代、国営企業間の紛争を仲裁し解決していた行政機関が、ソ連崩壊後、司法機関と位置づけられ「仲裁裁判所(Арбитражные суды)」 となり、ロシアでは今でも「仲裁裁判所(Арбитражные суды)」の名称を残し、一方、ウズベキスタンでは「経済裁判所(Хозяйственные суды)」、タジキスタンでも「経済裁判所(Экономические суды)」となりました。ここでは、当事者の一方が法人か、事業登録をした自然人の事件が扱われています。左の写真がウズベキスタン最高経済裁判所(タシュケント州経済裁判所、タシュケント市経済裁判所も同建物内にあります。)、右の写真がタジキスタン最高経済裁判所(建物の一部を借りています。ドゥシャンベ市経済裁判所は別建物の数部屋を借りています。)です。

*仲裁を扱う機関は、「第三者裁判所(Третейские суды, Third Party Arbitration Courts, Arbitration Courts, Courts of Arbitiration, Arbitral Tribunals))と呼ばれ、ロシア、カザフスタン、キルギスに存在し、タジキスタンでも、現在第三者裁判所法が審理されています。ウズベキスタンでも、2007年1月から、第三者裁判所が活動を開始し始めているはずですが、実態はよく知りません。

一方、カザフスタンとキルギスでは、憲法裁判所と最高裁判所の二系統システムであり、経済事件も最高裁判所系列の裁判所で扱われます。ただ、経済事件の処理には専門性が要求されるため、カザフスタンでは、現在、アスタナ、アルマティ等16箇所に、特別広域経済裁判所(Специализированные межрайонные экономические суды)が設置されています。左の写真が最高裁判所、中央の写真がアルマティ市経済裁判所、右の写真がアスタナ市経済裁判所(通常の裁判所とは別建物で、当該建物の3階のみが経済裁判所です。)です。

キルギスでは、最高仲裁裁判所系統(Арбитражные суды)があったものの、2003年の憲法改正で憲法裁判所と最高裁判所の二系統システムになりました(ちなみに、キルギスの憲法は、2006年11月9日、2007年1月15日にも改正され、さらに、10月21日に憲法改正の国民投票が行われ、有権者の75%の賛成を得たそうです。10月24日現在)。

*ベラルーシーのミンスクに、CIS経済裁判所(Экономический суд в СНГ)がありますが、こちらは、国家間の経済紛争を扱うようです。1994年から2000年までの間、65件を審理したとのことですが、多いのか少ないのかわかりません。加盟料がかかるためか、ウズベキスタンの最高経済裁判所は加盟していないそうです。詳細:http://www.worldcourts.com/index.htm

drink-潤い-напиток, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 27, 2007 25:00

カザフスタンで「カザフのお茶」を注文したら、ミルクティが出てきました。紅茶ポットとミルクが別々に出てきて、合わせて飲むようです。カザフスタンでは、お茶は、カフェオレボールのような取っ手のない大きめのお茶碗で飲むことが多いそうです。

カザフ塩入ミルクティ:http://kie.blogsome.com/2007/03/21/salty-milk-tea/

 

ウズベキスタンでも、西のカラカルパクスタンでは「ширчой シルチョイ」というミルクティが飲まれています。ただ、こちらのミルクティはミルクでお茶を煮出すようで、ミルクティがポットに入って出てきました。ウズベクの人曰く、好みで「ちょぉっと塩を入れるの」とのこと。

カラカルパクスタン:http://kie.blogsome.com/2007/05/15/savitskiy-karakalpakstan-art-museum/

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседи 25:00

アスタナのカザフ料理レストラン「ナウルーズ」。

メニューは、ウズベキスタンでは聞いたことのないようなものばかりで、カザフ料理といえば麺料理「Бесбармак(бешбармак) べスバルマック」と言われたので、馬肉のべスバルマックを注文しました(キルギス料理としてもポピュラーです。)。

カザフスタンでは、馬肉料理が多いようです。

ベシュバルマック:http://kie.blogsome.com/2006/07/15/kyrgyz-cuisine/

 

 

翌日、カザフ人運転手にカザフ料理の店を聞くと、外国人に受けそうなカザフ料理レストラン「Farhi」に案内してくれました。

 

店はユルタをイメージして造られています。

 

食事の前に必ず出てくるという、丸い揚げパン「Баурсаки バルサキ」。

そのもちもち感にはまりました。

バルサキ:http://kie.blogsome.com/2008/09/20/

 

 

 

肉料理というよりは「肉」の「Куырдак クイルダック」。

これも代表的なカザフ料理だそうです。

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседи 25:00

ドゥンガン風麺料理「Коюжу コユージュ」。

アルマティのドゥンガン料理屋「Щи Вон Ха シー・ヴォン・ハー」で510テンゲ(約510円)。 

neighbours-中央アジア-соседиSeptember 26, 2007 25:00

1997年の遷都により、アルマティ(アルマアタ)に代わってカザフスタンの首都となったアスタナ。

空港から北上してアスタナの街に来ると、今も建設ラッシュの新市街に入ります。全てが新しく、特に夜にアスタナに着いたせいか、街は、SF映画の近未来都市かディズニーランドにあるような人工の街のようでした。

 

 

 

ただ、10分ほど走るとステップ地帯です。

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 24, 2007 25:00

ラマダン期間であることを、タジキスタンに来て思い出しました。

地元のカフェ(食堂)やトルコ料理屋が日中開いていないのです。日没近くになると開店準備が始まります。

ラマダン期間だからレストランが閉まるということを、ウズベキスタンでは意識したことがありませんでした。

前回:http://kie.blogsome.com/2007/03/

というわけで、新しくできたという日本料理屋に行ってきました。

GrandAsiaHotel(ドバイ資本)の1階にある「Sakura」です。オーナーも料理人もタジク人だそうです。写真は、「もりそば」(一口で終わる量。値段確認失念)と「ドラゴン・ロール」(23ソムニ、約800円)。お高いです。

neighbours-中央アジア-соседи, transport-交通-транспортMay 13, 2007 25:00

タシュケント・ブハラ間を走る特急「シャルク」。もっとも、ブハラの街には駅はないので、車で30分ほどの隣町Kaganの駅を使います。昨年の冬に登場した特急列車で、サマルカンド、ナボイにも停車し、毎日、運行されています。タシュケント8時10分発、ブハラ15時10分着、ブハラ8時発、タシュケント15時着。ブハラからサマルカンドまで一等席に乗りましたが(チケットによれば、11,865スム)、前の机にはテレビがあり、椅子も革張りの上、フットレストまでついていて、まるで飛行機のビジネスクラスのようでした。食事もついていました。

シャルクの「ビジネスクラス」と「二等席」:http://kie.blogsome.com/2007/09/10/sharq-again/

neighbours-中央アジア-соседи, transport-交通-транспортMay 7, 2007 25:00

2007年度航空会社ランキングが発表されました。今年は300社を対象にしており、中央アジア諸国では、タジキスタン航空293位、キルギス航空284位、ウズベキスタン航空279位、トルクメニスタン航空251位、エア・アスタナ(カザフスタン)230位でした。

ところで、私が、日本に帰国する際に、そして中央アジア内を動く際に好んで利用するウズベキスタン航空は、タジキスタンへは飛んでいません。タシュケント(ウズベキスタンの首都)から、ドゥシャンベ(タジキスタンの首都)へは、1時間半程度の飛行になりそうですが、政治的な問題か、直行便がありません。これまで、ドゥシャンベに行くには、陸路でタシュケントからタジキスタンのホジャントまで行き(4時間程度)、ホジャントからドゥシャンベまでタジキスタン航空の国内線で移動していました。ただ、上記のランキングが示すようにタジキスタン航空の安全性に疑問が出され、先般の出張では、タシュケントからウズベキスタン航空の国内線で、ウズベキスタン南部の街テルメズまで飛び(1時間半)、陸路でテルメズからタジキスタンに入りドゥシャンベまで行きました(5時間弱)。

テルメズまでの国内線の搭乗手続をする際、小さい飛行機だから大きい荷物は詰めないとスーツケースの預け入れを拒否され、手荷物として持っていくよう言われました。当初、小さい飛行機だから大きい荷物を手荷物で持っていかねばならない、ということが理解できませんでしたが、飛行機を見て納得しました。飛行機は、プロペラ機ではありませんでしたが、32人乗りの乗り合いバスに羽が生えたような飛行機で、人も荷物も、後方から8段ほどの階段で入れ、客席の後ろが荷物置場になっていました。つまり、荷物を運ぶ人が、大きいスーツケースを持って狭い階段を登りたくないということでした。

アフガニスタンとの国境の街テルメズから北上し、タジキスタンとの国境までは2時間少しでしたが、国境を超えるだけで1時間半かかりました。まず、ウズベキスタンの税関・出国手続をし、数百メートル先で、タジキスタンの税関手続を行い、さらに、数百メートル先で、タジキスタンの入国手続を行います。この間一キロほどで、一般車は国境を通り抜けできないので、荷物を持って徒歩で移動し、各手続を行っていくことになります。まだ明るい17時半頃に国境に着いたのに、タジキスタンに入る頃は、19時を過ぎて暗くなっていました。

ドゥシャンベからカザフスタンの首都アルマティへも、タジキスタン航空の利用を控え、代わりに「SСAT」という航空会社の48人乗りプロペラ機で飛びました。この航空会社は、上記ランキング300社にも入っていない会社でしたが、カザフスタンの会社のようです。タシュケントへの戻りは、アルマティからウズベキスタン航空のジェット機でした。先般の出張では、羽根付き乗り合いバス→プロペラ機→ジェット機と、乗り物のグレードは上がっていくのですが、機内食のグレードは上がってはいきませんでした(左から、ウズ・エア国内線、カザフSCAT、ウズ・エア国際線の機内食)。

去年7月に、キルギスの航空会社にも乗りましたが、ウズベキスタン航空はあまり機内食に力を入れていないのかなあと感じます。http://kie.blogsome.com/2006/07/15/bishkek-2006-july-10-15/

task-自分/法律-дела, neighbours-中央アジア-соседиApril 8, 2007 25:00

タジキスタンでは、様々な国際機関の支援を受けて、基本法令の整備が進められています。私の滞在中も、全面改正された株式会社法が施行し(こちらは公布同時施行です。)、担保法、抵当法の法案が国会で審議されている最中で、さらに、民事訴訟法及び経済訴訟法の改正、執行手続法の起草も行われていました。

一方で、この時期、当地では電力不足が深刻な問題となっていました。日が暮れてから着いたウズベキスタンとタジキスタンの国境の税関でも電気がなく、我々の複数の携帯電話のライトを集めた元で、係官が書類を確認していました。訪問した国立大学でも電気がなく、窓の大きな部屋に移動して話を聞きました。夏は、雪が溶けるため水力発電量が増え、電気不足はないそうですが、この時期は、毎年、深刻な電力不足に悩まされるそうです。わずかな電気は、国の主力産業であるアルミの生産工場に回されるため、アルミ工場の周辺の一般家庭は、夜7時から朝まで電気が通じなくなります。

電気だけではなく、タジキスタンは、基本インフラが貧弱で、一般の水道水は泥水で、場所によってはガスも一日数時間しか使えず、インターネットも雨が降ると通じなくなるという状態でした。法令の整備は当然重要ですが、インフラの整備の重要性も痛感しました。

drink-潤い-напиток, neighbours-中央アジア-соседиMarch 21, 2007 25:00

カザフスタンでは、ミルクティが広く飲まれているようです。

ドライバーさんが、砂糖ではなく塩を入れようとしたので、思わず声を上げてしまいましたが、ウイグルでは、ミルクティに塩を入れたАткен чай アトケン・チャイを飲むそうです。

水分と塩分が摂れるので、タシュケントでも暑い夏に飲むといいと薦められました。

 

 

また、塩入りミルクティーに固くなったナンを入れて食事の代わりにするそうです(現代ではあまりしないとは思いますが。)。

ウズベキスタンで、チャイというと「チャイハナ」を連想したりしますが、遊牧民のカザフ人には、定住コミュニティーにある「チャイハナ」はなじみがないものであるとの話もあり、「中央アジア諸国」と一括りにしがちですが、やはり、異なる国、異なる民族であることを感じました。

ウズベキスタンのお茶事情:http://kie.blogsome.com/2006/07/23/green-tea-with-lemon-and-sugar/

Japanese tea 抹茶:http://kie.blogsome.com/2006/11/26/p96/

Taiwanese tea 金萱茶: http://kie.blogsome.com/2006/11/25/p94/

holidays-お祝い-праздники, neighbours-中央アジア-соседи 25:00

3月21日あたりから、イスラムの新年ナウルーズ(ナヴルーズ)が始まりました。が、残念ながら、今年も、ナウルーズを体験することはできませんでした。

タジキスタンでは21日から25日の5日がНаурузナウルーズのお祝いでしたが(21日(水)から23日(金)が祝日に)、19日にはタジキスタンを後にし、ウズベキスタンでは21日がНаврузナブルーズの祝日でしたが、その日はカザフスタンにいました。カザフスタンでは22日がНаурызナウルーズの祝日でしたが、その早朝にカザフスタンからウズベキスタンに戻ってきたので、どの国のナウルーズにも参加することができませんでした。ナウルーズ前も街には、ナウルーズを祝う看板を見るのですが(写真はタジキスタン)、この時期、中央アジアは雨の時期でもあり、中々、「春」「新年」という感じがしませんでした。

ウズベキスタンに居た人達にナウルーズはどうだったか聞いてみましたが、家でゆっくり休日を過ごされた方が多く、また、ナウルーズも家でお祝いをするものだそうで、街で何かあったのかなかったのか、どのように祝うのか、不明です。

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседиMarch 20, 2007 25:00

カザフスタンには、ウズベキスタンよりもウイグル人が多く住んでいるようで、ウイグル料理屋も多いようです。ウイグル人のドライバーさんが、民家を改造したようなウイグル料理の店に連れて行ってくれました。

初日は「Бешбармак из баранины 羊のベシュバルマック」(左の写真)と「Гуйру с рисом グイル・ライス」 の二皿に挑戦しました。ベシュバルマックはカザフ人の料理で、鶏肉のものもありました。肉、肉、という料理ですが、意外にあっさりしてい(ると私は感じ)ました。

翌日も同じ店に行きしたが、さすがに、二皿は多かったので、「Суйру лагман スイル・ラグマン」のみにしました。

作っているのは、「Гуйру グイル」という具でしょうか。

 

下の写真は、左から、

「Гуйру с рисом グイルご飯」、

「Гуйру лагман グイル・ラグマン」、

「Суйру лагман スイル・ラグマン」です。

 

task-自分/法律-дела, neighbours-中央アジア-соседиMarch 19, 2007 25:00

カザフスタンの経済成長は、ウズベキスタンのそれと比べ物にならないことは周知の事実なので、その経済の中心地アルマティは、よほどの都会かと想像していたのですが、実際のアルマティは想像とは少し異なっていました。確かに、いたるところで、近代的なビル・ホテルが建設されており、物の溢れるショッピング・センターも所々にあるのですが、街は大都市となることを意識されていない造りで、広くはない道路は渋滞し、街全体が飽和状態にあるように感じました。

アルマティからタシュケントに帰ってきて、タシュケントが、ソ連時代、中央アジアの中心地として建設されたことも、ソ連崩壊直後、世界の国々が、タシュケントこそが中央アジアの拠点となると錯覚したわけもよくわかりました。

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседиMarch 15, 2007 25:00

タジク料理を食べねばと思い(ウズベク料理と大差ないと言われながらも)、とりあえず、プロフが美味しいところに連れて行ってもらいました。店の看板もなく、民家を改造したようなところでした。

ウズベクのプロフとどう違うかというと、ニンジンが黄色ではなくオレンジだったことでしょうか・・・(右下の写真)。でも美味しかったです。

案内してくれた方は、2杯食べていました。

 

 

 

 

美味しいタジク・ラグマンを!ということで行ったのは、チャイハナ「Рохат ラハト」。

ガイドブックにも出ている店で、白い二階建ての建物で伝統的なチャイハナだそうです。

注文したのは、ラグマン、マンティ、シャシリク、ナン、お茶という定番料理です。ウズベキスタンのものと違うかどうかは全くわかりませんでしたが、とにかく美味でした。

ラハットとは、中央アジアの地域で、喜びを意味する言葉のようです。

注)タジキスタンは水が悪いので、旅行者は、生水を飲まないことはもちろん、生野菜も食べない方がいいと聞きました。一般の水道水も、泥の入った茶色いもので、砂、草木、髪の毛、虫も一緒に出てくるとのことです。

 

手のひらサイズのソムサ。

task-自分/法律-дела, neighbours-中央アジア-соседи 25:00


隣国タジキスタンの首都ドゥシャンベに行ってきました。

1991年の独立後1997年まで内戦が続いた国ということで、道路は舗装されておらず砂埃舞うアフガニスタンのカブールのような街を想像していましたが、ウズベキスタンの地方都市のようで、内戦があったとは思えないような落ち着いた街でした。

 

ウズベク人がトゥルク系モンゴロイドなのに対し(カザフ人、タジク人、トルクメン人も)、タジク人はペルシャ系なので、街を行きかう人の面立ちが明らかにタシュケントの人とは異なります。また、タシュケントには朝鮮系の人も多く、私が街を歩いていてもさして違和感がない(と思う)のですが、タジキスタンには朝鮮系の人は定住しておらず、いわゆるアジア系の人を見かけることは多くはありませんでした。

foods-情熱-блюда, drink-潤い-напиток, neighbours-中央アジア-соседиJuly 15, 2006 25:00


Osh Plov (cafe ‘Jalal-Abad’)

「オシュ」は、キルギスタン南西部フェルガナ盆地の都市です。キルギスタンのものだからなの、オシュ風だからなのか、はたまた、この店のものだからかわかりませんが、タシュケント(ウズベキスタン)で食べるプロフとは異なり、羊肉の臭みがなく、また、油も軽くて、さくさく食べられました。値段は、50ソムでした(1 USDが約40ソム)。 よく見ると、お米に筋が入っており、赤米プロフと思われます。ウズベキスタンの赤米プロフもフェルガナ盆地の街アンディジャンのものであり、フェルガナ盆地は赤米地帯のようです。

Manti (cafe ‘Jalal-Abad’)

かぼちゃのマンティを注文したら、「ない」と言われました(タシュケントでも、メニューに出ている料理を注文しても「ない」と言われることがしばしばあります。)。結局、定番の羊肉と玉ねぎのマンティを注文しましたが、こちらも、羊肉の臭みがありませんでした。

 

Beshbarmak (restaurant ‘Dasmia’)

中央アジアの料理は似通っていますが、民族や土地により、若干、異なります。ベシュバルマックは、キルギスの麺料理で、ウズベキスタンでは見かけたことがありません。少しとろみがあって、使われる肉は、羊肉、牛肉、馬肉といろいろあるようでした。

 

Ashlyam-Fu (cafe ‘Faiza’)

これもウズベキスタンでは見られない冷麺です。

が、しかし、食べ損ねました。

 

 

Shoroは、麦やトウモロコシといった穀物を発酵させた濃厚な飲み物で、道端のタンクで売られています(3ソム程度。大体、生ぬるい。)。「ショロ」は、ショロという飲み物の種類というより、ショロ社がキルギスタンやカザフスタンの伝統的な飲み物を製品化したものですが、カフェのメニューには「ショロ」と出ていることがありました(コカ・コーラ社のコカ・コーラのように)。道端には、ショロ社の他にもTan社等が飲み物をタンクで販売しており、昨年9月に来たときよりも、ショロ社以外の会社のタンクが目に付きました(最初は、ショロ社がタン社等に買収されたのかと思いました。)。このショロという飲み物は、ウズベキスタンでは見かけませんし、受け入れがたい味だと思います。