

タタルスタン共和国には行ったことがなかったので、タタール料理も含めて、いろいろ楽しみにしていましたが、全く楽しめませんでした。
写真は、朝、カザン国際空港からタクシーでカンファレンス会場のホテルに直行した30分程の車窓観光の成果です。
有難い事にランチもホテル内で用意され、18時のカンファレンス終了後、ホテルの外に出てレストランを探したものの、お店もあまりなく、スーパーで石鹸とパンを買っただけでカザン散策は終わりました。
ホテルにはタタール料理を出すレストランがなく、夕食はイタリアンのリゾットでした。
悔しすぎます。
タタルスタン共和国は、タタール人が多く住み、タタール語も公用語になっています。
空港の表示は、ロシア語、タタール語、英語で記載されており、真ん中がタタール語です。カザフ語等と同じテュルク語のうちのキプチャク語だそうです(が、全くわかりません)。
もっとも、タタール人は、カザフ人程モンゴロイド度は強くなく、私には、エキゾチック度の高いウズベク人、もしくは、オリエンタルなロシア人のように見えます。カザンは、ロシア内でも規模では5位には入る都市とのことで、街には近代的なビルが目につきましたが、大通りをちょっと入った道はデコボコでした。
タシュケントでのタタール・フェスティバル:http://kie.blogsome.com/2006/06/07/people-in-uzbekistan/
タタルスタン共和国の首都カザンへは、ドモジェツボ空港から、朝一のシベリア航空7時50分モスクワ発・9時15分カザン着で行ってきました(カンファレンスには少し遅刻)。
帰りは、最終便(21時55分カザン発、23時25分モスクワ着)で無事戻ってきました。 
モスクワのシェレメツボ空港もどうにかしてほしいと思いますが、ペテルブルグのプルコヴォ空港もどうにしかしたほうがいいのではないかと思っていたら、どうにかなるようです。

ペトロザボーツクで、絶対、とある有名ファースト・フード店を意識していると思われるハンバーガー屋「Мак Дак (マック・ダック)」を見つけました。













ペテルブルグは水質が悪いことも有名なようです。写真は、通常時の水道水です(暖房切替時や断水後はもちろん錆び色に







スーツケースの中身はお菓子やDVDばかりで貴重品はありませんでしたが、ロシアの国内線では荷物が抜き取られることもあると聞き、それよりも何よりも一度試してみたかったので、ペテルブルグの空港で、200ルーブル(約1000円)を出してパッキングをお願いしました。もっとも、モスクワのホテルでスーツケースを開けることになりましたが。
モスクワを経由して日本に帰る日、ペテルブルグは朝から吹雪いており飛行機は飛ばないのではないかと嫌な予感がしたら、その予感は中途半端に的中しました。

ロシア人映画監督ニキータ・ミハルコフの映画「12」のテレビ版が、11月4日から4夜に分けて放映されました。日本でも邦題「12人の怒れる男」として2008年夏から上映され、奇しくも来年度から裁判員制度の開始することもあって、裁判員制度が一緒に言及されることも多いようですが、映画は、裁判法廷が終わったところから始まり、映画で証拠調べ等が映し出されることはないので(陪審員の評議では一部出てきますが)、観ながら自分も証拠について考えたり一緒に事件を考えドキドキしたりするということはありませんでした。12名の語りが映画の中心で、正直、語りの内容を正確に理解することはできませんでしたが、ただ、ロシアにいるせいか、裁判映画というよりも、ロシアの現状を描いた映画として興味深かったです。事件は、チェチェン戦争で孤児となったチェチェンの少年がロシア人将校の養父を殺害したというものですが、チェチェン問題だけではなく、事件とは関係ない、ロシアの様々な側面が語り出されます。
ロシアでも、倒産事件の開始等は指定出版物で公告することが義務付けられおり、今年7月に、日刊ビジネス新聞「Коммерсантъ Kommercant」が公告を掲載する出版物に指定されました。
電気店でも、スーパーでも、ファスト・フード店でも、「Закон о защите прав потребителей 消費者権利保護法」(2007年10月に新法成立)が置いてあります。
一年振りにカザフスタンを訪問し、カザフ側関係者の対応が変わっていたことよりも、エア・アスタナ航空の機内食にチョコレートがついていなかったことが気になりました。
今回、満足度が一番高かったのは、ペテルブルグからモスクワに向かう途中、1時間15分の飛行時間内に出されたラッシーヤ航空の機内食です。




