discovery-現地事情 -знакомствоOctober 13, 2009 25:00

タタルスタン共和国には行ったことがなかったので、タタール料理も含めて、いろいろ楽しみにしていましたが、全く楽しめませんでした。

写真は、朝、カザン国際空港からタクシーでカンファレンス会場のホテルに直行した30分程の車窓観光の成果です。

有難い事にランチもホテル内で用意され、18時のカンファレンス終了後、ホテルの外に出てレストランを探したものの、お店もあまりなく、スーパーで石鹸とパンを買っただけでカザン散策は終わりました。

ホテルにはタタール料理を出すレストランがなく、夕食はイタリアンのリゾットでした。

悔しすぎます。

タタルスタン共和国は、タタール人が多く住み、タタール語も公用語になっています。

空港の表示は、ロシア語、タタール語、英語で記載されており、真ん中がタタール語です。カザフ語等と同じテュルク語のうちのキプチャク語だそうです(が、全くわかりません)。

もっとも、タタール人は、カザフ人程モンゴロイド度は強くなく、私には、エキゾチック度の高いウズベク人、もしくは、オリエンタルなロシア人のように見えます。

カザンは、ロシア内でも規模では5位には入る都市とのことで、街には近代的なビルが目につきましたが、大通りをちょっと入った道はデコボコでした。

タシュケントでのタタール・フェスティバル:http://kie.blogsome.com/2006/06/07/people-in-uzbekistan/

foods-情熱-блюда, transport-交通-транспорт 25:00

タタルスタン共和国の首都カザンへは、ドモジェツボ空港から、朝一のシベリア航空7時50分モスクワ発・9時15分カザン着で行ってきました(カンファレンスには少し遅刻)。

ロシアの国内線には乗りたくありませんでしたが、列車での旅は都合がつかず、仕方なく飛行機を使いました。モスクワ・カザン間は、タタルスタン航空も飛んでいます。

ドモジェツボ空港は、昨年、カザフスタンに行ったも際に利用しましたが、シェレメツボ空港とは比べ物にならない程近代的で感動しました。もっとも、空港職員の態度は、さして変わらないです(サービスも近代的かと期待した分、落胆度はシェレメツボ空港に対するより大きかったかもしれません)。

ロシア等の空港:http://kie.blogsome.com/2009/05/28/pulkovo-airport-in-st-petersbourg/ 

帰りは、最終便(21時55分カザン発、23時25分モスクワ着)で無事戻ってきました。

シベリア航空は、今年の春に倒産かとの噂も出ていて、経営状況と安全性がパラレルでないにしても、かなり不安でした。シベリア航空(Авиакомпания «Сибирь»)は、数年前から、「S7 Airlines」という商標を使っているようで、少し紛らわしいです。

ロシアの航空会社:http://kie.blogsome.com/2008/09/21/aircompanies/ 

1時間20分程の飛行でも機内食が出ました。水、ジュース、紅茶とパン、と水分補給が中心でした(帰りは、夕食も食べた後だったので、持ち帰りました)。

甘い物はついてきませんでした。残念。

CIS圏内を飛ぶ航空会社の機内食:http://kie.blogsome.com/2009/01/29/artificial-preservatives/ 

discovery-現地事情 -знакомствоOctober 4, 2009 25:00

以前、2009年・2010年に銀行が100行倒産するだろうという記事に驚いていましたが、ロシアには1200以上銀行があると知り、また驚きました。2008年末、2009年末までに800行程度が残ると予想されていましたが、2010年又は2011年の内に、300行か400行にまで減少するのが望ましいという意見も記事になっていました。

銀行の倒産:http://kie.blogsome.com/2009/04/24/increasing-number-of-bankruptcies/

discovery-現地事情 -знакомствоAugust 8, 2009 25:00

モスクワと日本の時差は5時間ですが、モスクワと極東の街ウラジヴォストックの時差は7時間です。

日本との時差が5時間なので、モスクワとウラジヴォストックとの時差は3時間か4時間くらいかなと思って、夜、ウラジヴォストックにSMSを送ったところ、彼の地は深夜でした。

transport-交通-транспортMay 28, 2009 25:00

モスクワのシェレメツボ空港もどうにかしてほしいと思いますが、ペテルブルグのプルコヴォ空港もどうにしかしたほうがいいのではないかと思っていたら、どうにかなるようです。

プルコボ空港については、CIS線・国内線が発着するプルコボ-1しか利用したことがなく、プルコボ-2の様子は知りません。プルコボ-1は、出発フロアーの2階にはエレベーターで上がれるので、この点はタシュケントの国際空港よりいいですが、カフェ等のお店やトイレは中3階にあり、そこへは階段でしか上がれません。チェックインは出発時刻の1時間前から始まるので、チェックインの際にスーツケースを預け、その後にカフェに寄ることはなく、いつも、チェックイン前にスーツケースと手荷物を引きずりながら階段を上りカフェに行きます。スロープもありません。写真は、苦労して上った先のカフェからの眺めです。

空港に置いてあった新聞によれば、このプルコボ空港を、2013年までに、ヨーロッパ・レベルの“スーパー近代空港”にするそうです。是非。

プルコヴォ空港:http://kie.blogsome.com/2008/09/21/aircompanies/

モスクワ・シェレメツボ空港:http://kie.blogsome.com/2008/11/23/stop-at-moscow/

タシュケント国際空港:http://kie.blogsome.com/2006/08/15/international-airport-with-no-lift-or-moving-stairway/

discovery-現地事情 -знакомствоMay 22, 2009 25:00

40名強をキージ島に連れていくことができる緑の船は、観光シーズンは満席で要予約のようですが、私が訪れた時は、5月13日に運航が再開されたばかりで、乗船客は20名ほどでした。

私が乗船した便は、11時半ペトロザボツク発、12時45分キジ島着、15時45分キジ島発、17時ペトロザボツク着でした。帰りは、次の便(16時半キジ島発)に乗りたかったのですが、そのようなチケットの買い方はできず、どの便に乗っても、キジ島滞在は3時間となります。

1時間15分の船の旅は、程良い揺れと暖かい日差しのおかげで、爆睡しているうちに終わりました。

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

ペトロザボーツクで、絶対、とある有名ファースト・フード店を意識していると思われるハンバーガー屋「Мак Дак (マック・ダック)」を見つけました。

ダック(鴨)はいいとしても、マックって何なのでしょう。さらに、ダックの目を見てください。ちなみに、その有名ファースト・フード店は、店のフルネームの他に、「Мак Кафе (マック・カフェ)」という表示を掲げています。

ウズベキスタンのセ*ン・イレ*ンを思い出しました(http://kie.blogsome.com/2007/08/05/seven-eleven-in-tashkent/)。

モスクワのマク*ナルド:http://kie.blogsome.com/2009/10/11/big-mac/

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

夜行列車は、予定時刻通り、朝6時50分にペトロザボーツクに到着しました(写真は駅構内と駅外観)。

5時50分には、車掌さんが各コンパーメントに声をかけていき、また、コンパートメントにはラジオが流されるので、嫌でも目が覚めます。到着後、とりあえず、駅構内のトイレで洗顔等々を済ませ、7時に開店した構内のカフェで紅茶を飲んだ後、街をプラプラしながらオネガ湖に向かいました。湖沿いは、きれいに舗装された遊歩道です(下の写真の右上)。

船着場のチケット売り場が開く8時頃に船着場に到着し、予約しておいたキジ島行きフェリーのチケットを購入しました(1890ルーブル、http://www.tourholding.ru/)。街歩きに疲れた上、通りは寒く、街のカフェも開いていなかったので、8時半頃、ちょうどやってきた6番トラムに乗り込みました(12ルーブル)。どこに向かうのかもわかりませんでしたが、終点までゆっくり座って休んでいようと思っていたら、20分程で終点に着いてしまいました(上の写真の右下)。何もない終点付近をプラプラし、また、6番トラムに乗り、10時頃に船着場に戻ってきました。寝台列車で貰った軽食セットを、寒さに凍えながらベンチで食べ、フェリーの出発を待ちました。

transport-交通-транспортMay 21, 2009 25:00

ペテルブルグを離れるので、どこか北の方に旅行をしておかなければと思い、ペトロザボーツクとキジ島に行くことにしました。

朝出発し一日かけてペトロザボーツクに向かい、キジ島も含めて一日のんびりし、そして、また一日かけてペテルブルグに戻ってくるというのんびりプランを考えていましたが、思い立ったのが数日前だったので、列車がすでに満席で、22時02分発の夜行列車に乗って翌朝6時50分にペトロザボーツクに到着し、その日の夜、23時発の夜行列車で戻りペテルブルグには翌朝7時07分に到着するという強行日程になってしまいました。

列車の切符は、インターネット(Яндекс)で購入しました。女性専用列車の購入が上手くいかず(何故か、男性専用車を選択するように、というようなエラーが出てきたため)、運よく女性専用車が受け付けられてもクレジットカード決済が拒否され、予約の振り出しに戻り、クレジットカード決済は諦め、結局、2時間近くかかって予約しました。その後、街で、支払機械を探すのにも手間取り(携帯電話や公共料金の支払機とは別の機械です)、どこかの旅行会社で買えば良かったかもしれないとも思いましたが、慣れれば、便利だとは思います。ところで、この支払機は、お釣りが現金で出てきません。お釣りの代わりにレシート様の紙が出てきてます。そこにコードが記載されており、次回の支払いの際にこのコードを入力してお釣り分の金額を支払うことができます。次回、このような決済の予定がない人は、支払額きっちりの現金を用意しておかないといけません。

乗車券は、駅の窓口か自動発券機(全ての駅にあるわけではないようです)、又は、モスクワ駅にある特別窓口で受け取れます。出発日の夜、ペトロザボーツクに向かう列車が発車するラドー駅に行ってみると、案の定、窓口には長蛇の列ができていましたが、その横にポツンとある自動発券機は、一人待ちで、すぐに乗車券を入手できました。

21時半頃から乗車が始まりました。10号車だけに男性・女性専用のコンパートメントがあり、一つ置きに男性専用、女性専用になっていました。行きは3人組みの女性と一緒で、帰りは全員一人旅の女性でした。下段ベットの下に荷物を収納できるため下段ベッドの方が断然快適だと言われていますが、行きも帰りも上段のチケットを購入しました。電車が走り出してもしばらく上段の人も下段の席に座っていたりしましたが、上段は登ってしまえば自分だけの世界なので気楽です。荷物も少なかったので頭の上か足元の棚に十分収納できました(荷物が多い場合は、下段の人に頼んでベット下に収納させてもらってもいいように思います)。

寝心地ですが、行きは暑くて寝苦しくあまり眠れず、帰りは爆睡かと思いきや、同じコンパートメントにイビキの凄まじい人がいたので、よく眠れませんでした。

女性専用コンパートメントは、上記手続で購入し、1800ルーブル(クレジット決済だと1802.23ルーブル)でした。乗車代金の他、布団類(枕、シーツ、毛布、タオル)、軽食(ミネラルウォーター、パックジュース、ヨーグルト、ライ麦クラッカー、ハム、チーズ、バター、チョコ菓子、コーヒー、紅茶)、スリッパ等のセット(スリッパ、お手拭、靴磨きティッシュ、靴ベラ、歯磨きセット)、新聞と雑誌のセットの代金が含まれています。

列車の旅:http://kieosaka.blogsome.com/2009/05/06/train-from-peter-to-helsinki/

discovery-現地事情 -знакомствоMay 18, 2009 25:00

私の名前には、ロシア語で表記する際問題が起こりうる文字が含まれています。「え」、「し」と「つ」です。これらの日本語をロシア語にすると「Э」「Си」「Цу」と決まっています。決まってはいますが、しかしながら、英語表記が「E」「Shi」「Tsu」であるため、「Е」「Ши」「Тсу」という別のロシア語をあてられることがあります。殊に、法学部への申込みを英語で行ったため、法学部では私は後者で登録されていました。これが要因で、ビザ更新で、大学のビザ・登録課で何度か申請をはねられ、書類訂正を求めに行った法学部では文句を言われるという目に合いました。

ビザは、日本のロシア大使館で受けたため前者の表記でしたが、法学部が作成したビザ更新の申請書や在籍証明書は後者の表記だったため、ビザ・登録課で、同一性が確認できないとはねられました。法学部に訂正をお願いすると、「訳の問題じゃないのっ」と文句を言われましたが、申請書と在籍証明書の訂正書面を作成してもらいました。再度、申請に向うと、今度は、ビザは氏・名の順なのに申請書類は名・氏であることを理由に、また、申請は受けられないとはねられました。これもまた、法学部で「順番が逆ってだけなのは明らかじゃないっ」と文句を言われましたが、更新期限も迫っていたので、とにかく書類を作り直してもらいました(ウズベキスタンにいた時、日本人の知人が、このようにビザ更新でたらい回しにされているうちにビザ期限が切れてしまい、不法滞在扱いを受けたことがありました)。

場所がころころ変わるビザ・登録課で、毎回順番を奪い合い(http://kie.blogsome.com/2009/05/12/registration-of-foreigners/)、やっと、4月上旬に新しいビザを取得しましたが、エストニアから戻ってきて外国人登録のためビザ・登録課に行ったら、その新しいビザに記載された名前が、「КИЭ」ではなく「КИЗ」であることを指摘されました。あなたの名前は、「キス」?と聞かれ、「KIE」ではなく「KIZ」と記載されていることを知りました。

あんなに、ビザ記載の通りでなければとうるさく言われ書類の作り直しを強いられたのに、実際にできた新ビザは、ビザ記載を無視したものでした(出国の際も、係官がビザの名前がパスポートと異なることに気が付き、横の係官と何か話していましたが、特に何も言われず、出国しました)。

neighbours-中央アジア-соседиMay 17, 2009 25:00

ウズベキスタンの都市サマルカンドにあるグルエミル廟を模したモスクが、ペトロザボーツク側にあります。もちろん、ウズベキスタンの人だけが来るわけではなく、モスクの側でスカーフを被った東南アジア系の少女達を見かけました。

ウズベキスタンにとってロシアは最有力出稼先で(二番が韓国です:http://kie.blogsome.com/2008/04/06/)、街でもウズベク語らしき言葉をよく耳にします。新聞にも、農作物の収穫時に季節労働者として多数のウズベキスタンの人が働きに来ること、ウズベキスタンの人は非常に勤勉であることが書かれた記事を見つけました。

discovery-現地事情 -знакомствоMay 12, 2009 25:00

授業の合間を縫って、本校舎のビザ・登録を扱う課へ。これさえなければ、もっと頻繁にペテルブルグから近隣諸国に遊びに行けるのにと思わせる憎き制度、それは外国人登録(レギストラーツィア)です。2007年に許可制から通知制に変更されましたが、許可制を経験したことのない私には、簡易になって便利になったのか不便になったのか不明です。

旅行でロシアに滞在する場合であれば、宿泊先のホテルでのチェックイン時にパスポートを預け30分ほどで終了する手続なので気にもならないかもしれませんが、外国人登録制度は、外国人は、3日以上滞在する地で、当該地への到着から3営業日以内に当該地に登録されなければならないという制度で、厄介な点は、海外に行って戻ってきた場合(ロシア国内でもその登録地を3営業日を超えて離れて戻ってきた場合も含まれるらしいです)、再度、外国人登録をしなくてはいけない点です。制度の変更により、受入機関が警察署のオヴィールに行って手続をするのではなく郵便局から所定通知を出すようになったようですが、留学生は、結局、受入機関である大学の取扱課に手続をしに行き、1週間後に再度当該課に通知証明書となる書面を取りに行くことになります。ペテルブルグ大学の取扱課は、月火木金の午後3時から5時しか開いておらず、さらに、2時間待ちを覚悟しないといけないので(*)、戻ってきた日の翌日・翌々日の午後に授業が入っていないというスケジュールでないと海外に遊びに出られません。(*「待つ」といっても列に並んでいればいいというのではなく、課の部屋の前に群がる生徒を相手にまさに実力で順番を勝ち取っていかなければなりません)

しかし、ここまで面倒な手続を強制させるものの、この登録制度がどこまで厳格なものなのか疑わしいです。というのも、夏にペテルブルグに来て登録をした際、通知・通知証明書面にタイプ打ちされたパスポート番号が私のそれとは全く異なり、担当者に、パスポート番号が間違っていると訂正の登録を求めたものの、「It doesn’t matter」と流されました。

外国人登録制度はソ連の遺産で、未だCIS諸国に残っています。ウズベキスタンでも残っていましたが、手続は当時働いていた所が行ってくれ、また、特別な登録だったのか、ウズベキスタンから日本や近隣諸国に出張に出て戻ってきても、一々再登録をすることはありませんでした。友人が遊びに来た際、私の住む地区の警察署を探して行ってきましたが、登録には1週間はかかるため、1週間の観光ビザで滞在する旅行者はホテルに宿泊しホテルを通して登録しなければならないと言われました(もっとも、今考えると、私が受入者となることはできなかったのではないか、また、私自身、居住地ではなく事務所の所在地で登録していたようにも思います)。

discovery-現地事情 -знакомствоApril 15, 2009 25:00

ペテルブルグは水質が悪いことも有名なようです。写真は、通常時の水道水です(暖房切替時や断水後はもちろん錆び色にhttp://kie.blogsome.com/2006/10/21/)。白いシャツは洗えば洗うほど、薄汚れて見えます。何かの案内に、飲むのはミネラル・ウォーター、水道水で歯を磨く時は10分間沸騰させるように書かれていました。ただ、面倒なので、お茶・料理には、軽く沸騰させた水道水を利用しています。

タシュケントの水道水は色がついていませんでした。もちろん、色がついていないからといって水質が良いというわけではありませんが。タジキスタンの水道水は泥混じりなので、出張の際は、地下水を汲み上げて透明な水が出てくるタジキスタン・ホテルを選択していました(別のホテルに泊まった人の話では、シャワーでは最後にミネラル・ウォーターで泥を落とすそうです)。水質は地下水の方が怪しいんじゃないの~と脅されていましたが、中央アジアに住んでいる人であれば、耐性ができタジキスタンの水でもお腹を壊したりはしないようです。

タシュケントの水:http://kie.blogsome.com/2007/05/27/water/ 

タジキスタンの水:http://kie.blogsome.com/2007/03/15/tajik-taste/

something-愛すべきもの-любимое, transport-交通-транспортApril 6, 2009 25:00

撮影者より訂正の指摘がありました(http://kie.blogsome.com/2009/03/31/)。デカナバットと紹介した写真はそのお隣のアクラバット(Akrabat Акрабат)の写真とのことでした。アクラバットは、カシュカダリア州(Кашкадарьинская область)の東部に位置し、スルハンダリア州(Сурхандарьи́нская о́бласть)との州境にある街のようです。シャフリサーブスもカシュカダリア州の街です。

デカナバット:http://kie.blogsome.com/2008/02/10/

シャフリサーブス:http://kie.blogsome.com/2008/06/24/

ウズベキスタンの州:http://kie.blogsome.com/2007/06/09/14/

ところで、スルハンダリア州の州都テルメズ(Termez Термез)は、遺跡が有名な場所ですが、アフガニスタンとの国境の街ということもあり、遊びに行ったことはありません。タジキスタンへの出張の際に、タシュケントからテルメズ空港に降り、そこから陸路でタジキスタンに向かいまいしたが、のどかな所でした。 写真は、テルメズ空港前の駐車場から撮影した空港と駐車場の出口です。ここから、タジキスタンの州都ドゥシャンベまで連れて行ってもらえる車を手配し、慣れているロシア人運転手さんが迎えに来てくれていましたが、飛行機を降りるとパスポートが回収され非常に不安になったのを覚えています。また、外国人が珍しいのか、空港職員が寄ってきて、アフガニスタンに行くのかと聞かれました(客引きのタクシーの運転手にもアフガニスタンに行くのかと聞かれましたが、このルートでアフガニスタンに入る外国人がそんなにいるということでしょうか)。タジキスタンへ:http://kie.blogsome.com/2007/05/07

foods-情熱-блюда, transport-交通-транспортJanuary 29, 2009 25:00

飛行機の中で働いている人に機内食の防腐剤のことを指摘されて以来、どんな機内食も素直に楽しめなくなりましたが、それでもやはり気になるものです。

右が、ペテルブルグ・モスクワ間の1時間20分の飛行で提供されるアエロフロートの軽食です。やはり、ラッシーア航空の方がいいです。左が、モスクワから成田行きのアエロフロートの夕食です。

そして朝食です。

確か、オムレツも選べましたが、「ブリンチキ」をお願いしました(英語では「パンケーキ」と説明されていました)。

ブリンチキ、加えて黒パン。もちろん、通常のパンも一緒です。

さすが、ロシアの航空会社です。

オムレツ・バージョン:http://kie.blogsome.com/2009/07/02/breakfast-omlet/

成田からモスクワに向かうアエロフロートの機内食は、日本食度がぐっと高くなります。

この日、機内はほぼ満席でしたが、この便はローマ行きだったため、ロシアで降りる人ばかりではなかったようです。同日に飛んだJAL便(モスクワのドモジェツボ空港行き)は、4分の1程しか席は埋まっていなかったそうです。

ロシア・中央アジア圏内の航空会社の機内食:

ウズベキスタン航空:http://kie.blogsome.com/2006/12/18/

キルギスタンのアルティン航空:http://kie.blogsome.com/2006/07/15/

カザフスタンのエア・アスタナやロシアのラッシーヤ航空・トランスアエロ航空:http://kie.blogsome.com/2008/09/21/

friends-癒し-друзья, discovery-現地事情 -знакомствоJanuary 22, 2009 25:00

ウズベキスタンでお世話になった方が出張で来日され、休みの日に、真珠の首飾りを求めて一緒に横浜に行ってきました(新宿でも探したものの高すぎるということで、私に土地勘があり、こじんまりしている横浜に)。

いくつものお店を回りメモをとり写真まで撮らせてもらい、ランチ中に店の名刺と品物をおさらいし、横浜の東口と西口を何度も往復し。お店の人は、内心「早く決めろよ」と思っていたに違いありませんが、どこのお店も丁寧に対応してくれました。このようなお店の対応に、私はありがたい・・と感謝していましたが、探している当の本人は、少し怪訝そうな様子。聞くと、このようなニコニコした対応が、ウズベキスタンだと(おそらく旧ソ連地域だと)「非常に子供っぽく」てよろしくないとのことでした。ご存じのとおり、旧ソ連地域には、仕事中に笑うとはけしからん、という意識が残っているので、この方の意見も無理からぬことではありました。

Cold peoplehttp://kie.blogsome.com/2008/10/09/cold-people/

friends-癒し-друзья, discovery-現地事情 -знакомствоJanuary 16, 2009 25:00

ロシアやカザフスタンのビザを取得するのが大変だったと書きましたが(http://kie.blogsome.com/2008/11/02/)、ウズベキスタン国籍の人が日本のビザを取得するのも面倒であることを痛感しました。

ロシアといったCIS諸国国籍の人が日本査証を取得するには、日本にいる人からの招待状等々の書類を用意しなくてはいけません。韓国留学中のウズベキスタンの友人が1月に日本に遊びに来ることになり、私がそれらの書類を用意することになりました。私(身元保証人)の在職証明書についても困りましたが、さらに困ったのが友人関係を証明する書類です(手紙やEmail、国際電話通話明細票、一緒に映っている写真)。招待状には、知りあった経緯や交流も記載しなければならないので、ウズベキスタンに居たころにやりとりしたメールを昔のパソコンから探し(携帯電話のSMSで連絡して会う、ということが多かったのでそんなにメールもなく)、一緒に撮った写真なんてあったっけ?と彼女に問い合わせ(若い女の子でもないと、通常の友達付き合いで一緒に写真を撮ることなど滅多になく)。

結局、突然のウォン安もあり、彼女の来日は実現しませんでしたが、これからは、会う度に一緒に写真を撮ろう、と決めました。

韓国の中のウズベキスタン:http://kie.blogsome.com/2008/04/06/

transport-交通-транспортNovember 23, 2008 25:00

スーツケースの中身はお菓子やDVDばかりで貴重品はありませんでしたが、ロシアの国内線では荷物が抜き取られることもあると聞き、それよりも何よりも一度試してみたかったので、ペテルブルグの空港で、200ルーブル(約1000円)を出してパッキングをお願いしました。もっとも、モスクワのホテルでスーツケースを開けることになりましたが。

transport-交通-транспорт 25:00

モスクワを経由して日本に帰る日、ペテルブルグは朝から吹雪いており飛行機は飛ばないのではないかと嫌な予感がしたら、その予感は中途半端に的中しました。

ペテルブルグ・モスクワ便は2時間遅れで飛んでしまい、モスクワのシェレメツボ1に到着した時はモスクワ・日本便の出発(19時20分)まで50分程度で、空港係員には「出発まで1時間ないから無理。荷物回収して、チケットを振り替えて、本日はホテルへ」と言われました。がんばれば間に合うのではないかとも思いましたが、係員ががんばる気がないようだったので、素直に指示に従いました。思いもかけず、モスクワで足止めを食らい、思ったとおり、あまり評判のよくないシェレメツボ空港で右往左往しました。写真は翌日ホテルから撮影したもの。

シェレメツボ1(国内線・CIS諸国線)の出発ビルと到着ビルは別のビルで、その間の移動には、一度建物を出て歩かなければなりません。到着ビルでスーツケースを取って、まず、チケットを振り替えるため、出発ビルへ行くように指示されました。その間、がたがたの道でスーツケースのローラーが一つ壊れました。翌日の同じ時間の便に振り替えてもらい、次は、ホテルの手配のため、到着ビル2階に行くように言われました。壊れたスーツケースを引きづりながらが到着ビルに戻り、階段をスーツケースを持って上りました(エレベーターなし)。ホテルの手配が完了したら、ホテル行きバスに乗るため、出発ビルに急いで行けと言われました。壊れたスーツケースを持って、再度、出発ビルに。

手配されたホテルは、空港近くの「Sheremetytvo-2」ホテルでした。ロビーも中々小奇麗で横にはおしゃれなレストランがあり、夕食、翌日の朝食、昼食が提供されると聞いてラッキーと思ったら、指示された食事の場所は、ホテルを出て、吹雪いている暗い中を数分歩い到着するホテル裏の建物の中の、おそらく従業員用の食堂でした(上の写真)。翌日は、自腹で、向いの豪華なホテル「Novotel Hotel」のレストランで食べました。

ホテルに着くまでは散々でしたが、翌日の便も確実に確保し、ホテルはお湯・湯船があり、チェックアウトも17時だったので、出発までホテルで休んで細々した仕事も片づけることができました。ウズベキスタンでも冬に飛行機トラブルに遭ったことがありましたが、その時は、預けた荷物はそのまま、ホテルはお湯が出ない、翌日のことは何もわからないという状態で、それに比べればましでした。http://kie.blogsome.com/2006/12/08/

nothing-大切なもの-ничего, discovery-現地事情 -знакомствоNovember 4, 2008 25:00

ロシア人映画監督ニキータ・ミハルコフの映画「12」のテレビ版が、11月4日から4夜に分けて放映されました。日本でも邦題「12人の怒れる男」として2008年夏から上映され、奇しくも来年度から裁判員制度の開始することもあって、裁判員制度が一緒に言及されることも多いようですが、映画は、裁判法廷が終わったところから始まり、映画で証拠調べ等が映し出されることはないので(陪審員の評議では一部出てきますが)、観ながら自分も証拠について考えたり一緒に事件を考えドキドキしたりするということはありませんでした。12名の語りが映画の中心で、正直、語りの内容を正確に理解することはできませんでしたが、ただ、ロシアにいるせいか、裁判映画というよりも、ロシアの現状を描いた映画として興味深かったです。事件は、チェチェン戦争で孤児となったチェチェンの少年がロシア人将校の養父を殺害したというものですが、チェチェン問題だけではなく、事件とは関係ない、ロシアの様々な側面が語り出されます。

一緒に事件を考えるという点では、テレビ番組「陪審 Суд присяжных」があります(この他にも、別チャンネルで5つ程裁判番組があるようです)。この番組は今年の7月から始まりましたが、ロシアでは、陪審制度は1993年に導入(再導入)されているそうです。番組を最初から最後まで観たことはありませんが、毎回、実際の事件がアレンジされ、陪審員役の12名が実際に自分たちで事件を考え評決を出すようです。舞台は法廷で、事件現場のビデオや事件発覚当時のビデオが法廷で流されることがありますが、ドラマのように事件の当時の様子(回想シーン等)が出てくることはありません。殺人の否認事件でも1事件1時間の放映なので、え、これで終わり?と思うこともあり(参加者募集によると収録自体は3時間だとか)、陪審員の協議も数分しか放映されず、また、大手テレビ局がこぞって裁判「ショー」を放映することに批判もあるようですが、裁判というものを身近に感じる番組です。一方で、ドラマとして創られているわけではないので、あの証人は絶対、何か隠しているであろうという様子があっても真相はわからないまま終わり(何故、誰も突っ込んで明らかにしてくれないんだと思うことも)、非常にもどかしいですが、証人が法廷で突然改心して涙ながらに真実を語り出してしまうよりも人間くさくて面白いです。おそらく、証人役にも「台本」はなく、事実だけを知らされ、それらを自由に話す、又は、話さないことが認められているのではないかと思います。

ところで、蝋燭の写真は、「12」の放映3日目の11月6日の夜に撮ったものです。ちょうど「12」を観ている最中にアパートの建物全体が停電になり、大家さんが用意してくれました。ご近所の人の話でも、建物だけの停電はここ30年の間でも初めてとのことで(お湯は週に一回くらいは止りますが)、大家さんは「あなたがテレビ番組を特定して観るなんてのも初めてなのにね」と笑っていました。テレビ版は映画版よりも詳細なものらしく、映画版DVDを観ても12名の語りはどこが詳細になっていたのかわかりませんでしたが、映画の最後の、評決が言い渡された後の部分-12名の陪審員がそれぞれ雪降る夜道を自分たちの日常、現実に帰っていくシーンやチェチェン少年の様子等々‐が大幅にカットされていたようで、非常に非常に残念でした。最後の10分だけでも、もう一度テレビ版が観たいです。

discovery-現地事情 -знакомство, neighbours-中央アジア-соседиNovember 2, 2008 25:00

またまた、ビザの話です。ビザの発給は、大使館次第、窓口担当者次第(気分次第?)、運次第という話です。ロシアのビザ:http://kie.blogsome.com/2008/10/13/visa-to-russia/

もう9月のことですが、ロシアからカザフスタン出張に行くために、カザフスタン・ビザの申請代行をペテルブルグの旅行会社にお願いしたところ、旅行会社曰く、大使館窓口で申請書類の受理には「公証人のサイン」が必要だと言われたとのことでした。ビザ申請書類の公証については、カザフスタン大使館ホームページのどこにも記載されておらず、また、旅行会社担当者が電話で申請書類を確認した際にも指摘されず、その旅行会社ではこのような前例はないとのことでした。ただ、争ったところで意味もなく、また、ロシアビザの切替の関係で出発日まで10日もなかったので、翌日、朝一番で、旅行会社担当者と一緒に公証人事務所へ駆け込みました(寒さに耐えながら事務所が開くのを待っている間、代理申請だから公証を要求されるのか、そうであれば、このままカザフスタン大使館に連れて行ってもらって、私本人が申請してしまえば済むような・・とも思いつつ)。

事務所の机につくと、机の女性に、いきなり「あなたは、公証人**にビザの申請を委任することを希望しますか」と聞かれました。旅行会社担当者が英語で通訳しようとしたところ、その女性はものすごい勢いでその担当者を静止し、またロシア語で「**委任することを希望しますか!?」と迫ってきました。書類の公証ではなく申請依頼だったのかな、もうなんでもいいからやってくれと、とりあえず「はい」と答えたら、その女性は委任状を作成してくれました。

どうもロシア人ではない私がカザフスタンのビザを申請したので、カザフスタン大使館は公証人を通すように要求したのではないかと推測できましたが、ロシア語を理解しない外国人だったらどうなっていたのでしょうか。カザフスタン出張:http://kie.blogsome.com/2008/09/

ウズベキスタンで、カザフスタン・ビザを申請した際も、何がどうしてそうなの、と思うことがありました。2007年3月にカザフスタンに行った際、招待状なくシングル・エントリーのビザを発給してもらえましたが、2007年9月に行こうとした際には、シングル・エントリーのビザでも招待状が必要であると、申請書類が受理されませんでした。前回は不要だった、ホームページを見ても招待状は要求されていない等々訴えましたが、回答は「法律が変わったから」とだけで、受理してもらえませんでした。最終的には招待状なくビザを取得したものの、この時も出張が迫っていたので焦っていろいろ試し、結局、別の窓口担当者の時を狙って再度申請書を提出したのか(招待状なく)、招待状は必要だったけどどうにかして発給してもらったのか、どうしてビザが取得できたのか記憶にないところです(ロシアでビザを取得した際には招待状を要求されなかったので、おそらく前者だと思います)。当時、周囲のウズベク人には、「窓口の人の気まぐれでしょ」、と言われましたが、今でも納得できません。

一方、観光に力を入れている、もとい、観光目的以外ではあまり日本人が行かないとも言えるウズベキスタンについては、観光でもビザが必要ですが、ビザ発給に招待状は不要です。ビザ発給は2000円と有料ですが、目黒の大使館で1週間程で問題なく発給してもらえました。キルギスは、5日以内の滞在であればビザが不要です。ウズベキスタンも、せめて8日以内の滞在はビザ不要、としてほしいところです。

タジキスタンもビザ取得に招待状は不要と記憶していますが、タシュケントでタジキスタン・ビザを取得しようと思って困ったことがあります。心配症の日本人なのでビザは早く取得したいと思っていましたが、出張の調整が中々つかずタジキスタン入国予定日の5日前にようやく申請したところ、「早すぎる。出発の3日前くらいに申請して。」と申請を拒否されました。3日前も5日前も大して変わらないだろうにと思いつつ、3日前まで待ちました。

Visa to Japan:http://kie.blogsome.com/2009/01/16/visa-to-japan/

discovery-現地事情 -знакомствоOctober 13, 2008 25:00

ロシアや中央アジアの滞在の際に厄介なのが、査証(ビザ)です。近年、オイル・バブルで沸いているロシアは、外国人へのビザ発給をますます厳しくしているようです。

長期留学であっても、留学先が3ヶ月シングルの留学ビザの招待状を手配し、それを受けて3ヶ月シングルの留学ビザを取得し、入国後に延長・マルチプルビザへの変更の手続を行います。今回、招待状の取得には4-5週間掛かると言われましたが、実際には3ヶ月かかりました。また、留学を手配したアメリカのエージェントから、留学ビザを取得するには1週間留学であってもエイズ検査証が必要だから前もって受けておけとうるさく言われ、ロシア大使館に問い合わせたら3ヶ月以内のシングル・ビザなら提出は不要だけど確認はしますね、と言われたので、念のため日本で検査しました。が、ビザ取得の際には一切触れられませんでした。ただ、ロシア入国後、3ヶ月以上のマルチプルビザに切り替える際に必要になるだろうと思って、英文検査証を持ってペテルブルグに行ってみたら、ロシアで検査したものでないと認められないと言われ、再度、大学の病院で検査しました。外国での血液検査はできる限り避けており、ウズベキスタンで病気になった際も、近々日本に帰国するので云々といってすり抜けてきたのですが(http://kie.blogsome.com/2006/10/20)、今回は避けきれませんでした。

ウズベキスタンで長期ビザを取得した際に、エイズ検査証の提出は不要でしたが、ロシア以外の国で、ビザ発給にエイズ検査証を要求する国はあるのでしょうか。

Visa to CIS countries: http://kie.blogsome.com/2008/11/02/visa-to-cis-countries/

discovery-現地事情 -знакомствоOctober 9, 2008 25:00

「ロシア人は冷たいのか」なんてことをロシア人と議論しても無意味ですが、この話題は、よく、大家や彼女の友達(ロシア人)との会話に出てきます。結論は、決まって、「冷たい日本人もいればそうでない日本人もいる。ロシア人も冷たい人もいればそうでない人もいる」という点に落ち着きます。

イギリスにいたときに、ロシア人の冷たさに我慢できなくなってロシアの大学からイギリスの大学に編入してきたアジアの学生がいましたし、ここでもイタリア人のクラスメイトがロシア文化もロシア語も好きだけどロシア人は冷たくて好きになれないと呟いていました。確かに、アジア人を蔑視する人もいるようですが、別にロシアに特有という現象でもなく、イギリスで私もとあるヨーロッパの国の人に「アジア人嫌いなのよね」と言われたこともありましたし、日本に留学していたアジア人学生が日本人はあまりフレンドリーではないと話していたこともありましたし、ロシアの店の人の愛想がないという点については(これもロシアだけではないと思いますが)、とあるロシア人曰く、「朝から働いていて午後には疲れてくるから笑えるわけないだろっ」とのことで、単にサービス業における接客精神の欠如かとも思いました。

私自身は、どこの国でもいろんな人がいるということで、大して期待もしていないので、これまでの外国生活でそこにいる人が冷たいといった理由で辛い思いをしたことはありません。逆に、特に「**人はフレンドリーだ。」と感じたこともありません。

transport-交通-транспортSeptember 29, 2008 25:00

ビジネス新聞「Коммерсантъ Kommercant」に、「人気のない日本」という記事が出ていました。

日本批判の記事かと思ったら、ロシアの航空会社「トランスアエロ航空」に関する記事でした。トランスアエロ社は、2008年4月末から、ペテルブルグ・東京成田との間で週4便の直行便を運航していたが、期待したほどの集客が見込めず、燃料価格の高騰もあって、2008年10月1日から当該直行便の運航を取りやめる、2009年春に再運航することを検討している、という記事です。確かに、ペテルブルグと東京だけを行き来するロシア人や日本人は、極一部のビジネスマンだけで、ペテルブルグ経由で日本・ヨーロッパを行き来する人も、航空チケットを相当安く設定しないと、出てこないように思います。

記事には、トランスアエロ社の航空券は比較的安く、ペテルブルグ・東京間エコノミークラスで675ユーロであり、一方、ライバルのアエロフロート航空(モスクワ経由)だと920ユーロ以上、他のヨーロッパ経由でも700ユーロ以上はかかると書かれています。しかし、今年7月にペテルブルグにどのように来るか検討していた際、6ヶ月FIXの往復航空券で、トランスアエロ社は、アエロフロート航空(モスクワ経由)より高く、ウズベキスタン航空(タシュケント経由)の倍の値段でした。結局、無難にアエロフロート航空(モスクワ経由)を選びましたが、正しい選択でした。トランスアエロ社を選択していたら、帰国便の払戻しはあるのか、他社便への振替えはあるのか等々、面倒なことになっていました。

ロシアの航空会社:http://kie.blogsome.com/2008/09/21/aircompanies/

discovery-現地事情 -знакомство, task-自分/法律-дела 25:00

ロシアでも、倒産事件の開始等は指定出版物で公告することが義務付けられおり、今年7月に、日刊ビジネス新聞「Коммерсантъ Kommercant」が公告を掲載する出版物に指定されました。

そんなビジネス新聞ですが、やはり、ウズベキスタンの経済紙同様、星占いがついています。毎日です。「しし座:今日は仕事も家庭も上手くいく」といった非常に曖昧なもので、誰も読んでなんかいないわよ、とある人は話していましたが、図まで入っています(どう理解するのかわからない図ですが)。

ウズベキスタンのビジネス占い: http://kie.blogsome.com/2006/09/27/business-horoscope/

discovery-現地事情 -знакомствоSeptember 23, 2008 25:00

電気店でも、スーパーでも、ファスト・フード店でも、「Закон о защите прав потребителей 消費者権利保護法」(2007年10月に新法成立)が置いてあります。

購入した物やサービスについて問題が多いのだろうと(その質を見て)思いました。

写真は、ブリンチキのチェーン店「Теремок Teremok」の注文カウンターの横の壁です。黄色い本が条文です。

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

こちらでは、スーパーの入口・店内、デパートの通路、通り等々あらゆるところに現金自動預払機(ATM)があります。日本の銀行口座から現地通貨でお金が引き出せるので大変便利ですが、これを使って良からぬことを考える人も多いようです。画面に特殊なシートを張って暗証番号を入手したり、監視カメラに見せかけた記録カメラを取り付けたりと、機械にいろいろな細工をし、個人情報を盗み出します。

最近、クラスメートが、この被害に合いました。お金を下ろそうとしたところ既に限度額まで引き出されていたために、誰かが彼女の個人情報を盗み偽の銀行カードを作ってお金を下ろしていたことが判明しました。銀行の窓口では、いつも、必ず同じ銀行支店内の機械を利用するか、銀行窓口にカードとパスポートを提出して、お金を下ろすようにとのアドバイスを受けたとのことです。この種の犯罪は頻繁に起こっており、窓口の人も数日前に被害に合っていたそうです。

foods-情熱-блюда, task-自分/法律-дела, transport-交通-транспортSeptember 21, 2008 25:00

一年振りにカザフスタンを訪問し、カザフ側関係者の対応が変わっていたことよりも、エア・アスタナ航空の機内食にチョコレートがついていなかったことが気になりました。

私にだけつかなかったのかどうか、隣の人のものを確認しなかったので不明です。

2007年9月のAir Astanaの機内食:http://kie.blogsome.com/2008/03/31/air-astana/

今回、満足度が一番高かったのは、ペテルブルグからモスクワに向かう途中、1時間15分の飛行時間内に出されたラッシーヤ航空の機内食です。

サンドイッチというと、真ん中にちょっとしか具が入っていないことが多いのですが、このサンドイッチはカレー味の美味な具が沢山入っていました。

暖かい紅茶、ヨーグルト、チョコレート・バーもついていました。

モスクワからカザフスタンに飛んだトランスアエロ航空の機内食です。

既に上記サンドイッチを食べた上に空港でも軽食を取っており、さらに、この便は、モスクワ真夜中0時05分発、アスタナ朝5時25分着(モスクワ時間で3時25分着)で、到着した朝から夕方まで仕事が入っていたので、食べるよりも、3時間程度の飛行の間に少しでも多く睡眠をとるべきではあったのですが、食い意地は抑えられませんでした。


アルマティからモスクワに戻るトランスアエロ航空の機内食です。

牛、鶏と魚の中から選べました。

丸いパンの他に、黒パンもついているところが、ロシアの航空会社らしいなと思いました。

周りの人は、黒パンに副菜とチーズをのせて、ブッテルブロート(бутерброд)として食べていました。

 

モスクワ・ペテルブルグ間のラッシーヤ航空の機内食も、行きのようなサンドイッチを期待していたのですが、別のサンドイッチでした。

チョコレートが、偶然にも、トランスアエロ航空で出されたものと同じ「Алёнка」でした。

これ以来、スーパー等で、このチョコレートを見るとカザフスタン出張を思い出します。

task-自分/法律-дела, transport-交通-транспорт 25:00

今回のカザフスタン行きには、ペテルブルグ・モスクワ間はロシアの航空会社「Россия Rossiya (FV)」、モスクワ・カザフスタン間はロシアの航空会社「Трансаэро Transaero (UN)」、カザフスタン内の移動はカザフ航空会社「Эйр Астана Air Astana (KC)」を利用しました。ペテルブルグ→モスクワ(Домодедово Domodedovo)→アスタナ→アルマティ→モスクワ(Шереметьево1, Sheremetivo 1)→ペテルブルグです。

ラッシーヤ航空(FV)は、ペテルブルグに本社を置き、ペテルブルグのプルコボ空港を拠点とする航空会社です。2006年10月に、ペテルブルグ拠点の連邦国家航空企業「プルコボ」(ФГУАП «Пулково»、1932年設立)とモスクワ拠点の国家運輸会社「ラッシーヤ」(ГТК «Россия»、1956年設立)が合併してできました。法人形態は連邦国家単一企業体で、正式名称は「ラッシーヤ国家運輸会社」でしょうか。ロシア語だとФедеральное государственное унитарное предприятие «Государственная транспортная компания «Россия»»、英語だとFederal State Unitary Enterprise «State Transport Company «Russia»»です。「連邦国家単一企業体」は略して「ФГУП」と表記されることもあります。また、「単一企業体」は、所有一元企業や独立採算制企業と訳されることもあり、日本人には馴染みの薄い法人形態です。

ペテルブルグのプルコボ空港を拠点とするだけあって、プルコボ空港の一番端に、ラッシーヤ航空専用の出発・到着ロビーがあります。見つけるのに手間はかかりましたが、混雑が少なく便利でした。

一方、トランスアエロ航空(UN)は、1990年9月に設立されたロシア初の民間航空会社で、現在、国際線を有する飛行機会社としてはロシアでは第二の規模だそうです(一番はアエロフロート航空です)。法人形態は公開型株式会社で、正式名称は「トランスアエロ航空会社」です(Открытые акционерные общества «Aвиационная компания «Трансаэро»»、Joint Stock Company ««Transaero» Airline» )。

ところで、アエロフロート航空(ОАО «Аэрофлот»)はよくロシアの国営航空会社と言われますが、法人形態は通常の公開型株式会社です。会社の株式の51.17%を国が所有しています(2007年待末時点)。

ロシアでは国が絡む会社は、法人形態としては単一企業体又は株式会社として設立され、それぞれ単一企業体法、株式会社法で規制されていますが、最近は、第三の形態である「国家企業(государственная корпорация state corporation)」が増えてきています。設立にあたっては、その地位等を定めた個別の法律が採択されます。これまた国営企業や国策企業と称されることのあるロステクノロジー(Ростехнологии)は、2007年11月に設立された「国家企業」です。なぜ、単一企業や株式会社のほかに、国家企業という形態が重宝されてきているのかについては、またいつか。

トランスアエロ社日本便:http://kie.blogsome.com/2008/09/29/p308/

機内食:http://kie.blogsome.com/2008/09/21/meals-on-board/

プロコヴォ空港:http://kie.blogsome.com/2009/05/28/pulkovo-airport-in-st-petersbourg/

foods-情熱-блюда, neighbours-中央アジア-соседиSeptember 20, 2008 25:00

カザフスタンに行ったら絶対に食べようと思っていたもの、Баурсакиバルサキ。

甘さはなく、モチモチしている食感が気に入っています。アルマティで1キロ600テンゲ(約600円)。半キロ買いました。