transport-交通-транспортMay 28, 2009 25:00

モスクワのシェレメツボ空港もどうにかしてほしいと思いますが、ペテルブルグのプルコヴォ空港もどうにしかしたほうがいいのではないかと思っていたら、どうにかなるようです。

プルコボ空港については、CIS線・国内線が発着するプルコボ-1しか利用したことがなく、プルコボ-2の様子は知りません。プルコボ-1は、出発フロアーの2階にはエレベーターで上がれるので、この点はタシュケントの国際空港よりいいですが、カフェ等のお店やトイレは中3階にあり、そこへは階段でしか上がれません。チェックインは出発時刻の1時間前から始まるので、チェックインの際にスーツケースを預け、その後にカフェに寄ることはなく、いつも、チェックイン前にスーツケースと手荷物を引きずりながら階段を上りカフェに行きます。スロープもありません。写真は、苦労して上った先のカフェからの眺めです。

空港に置いてあった新聞によれば、このプルコボ空港を、2013年までに、ヨーロッパ・レベルの“スーパー近代空港”にするそうです。是非。

プルコヴォ空港:http://kie.blogsome.com/2008/09/21/aircompanies/

モスクワ・シェレメツボ空港:http://kie.blogsome.com/2008/11/23/stop-at-moscow/

タシュケント国際空港:http://kie.blogsome.com/2006/08/15/international-airport-with-no-lift-or-moving-stairway/

something-愛すべきもの-любимоеMay 27, 2009 25:00


大学も終わり、帰国の前日、午前中に荷物を送り出し、午後から本格的なペテルブルグ観光に行ってきました。

最高気温30度とペテルブルグにしては真夏日でした。

 

 

初めてイサク聖堂へ。

中も見学。

キューポラにも上り。

ペテ観光として人気のボート観光は、いろいろな会社が様々な場所から様々なコースを提供しています。

私は、ネフスキー大通りの本屋Дом Книгиの向かいから出るボートで、1時間の旅に行ってきました。中心地の運河だけでなく、ネヴァ河にも出て、ペトログラード側の運河も回って戻ってきました。

河からのエルミタジュ美術館。

 

 

 

夏の庭園横の運河も通り。

どこかに停まることはなく、観光名所は全てボートに座ったまま観るだけですが、それ故にペテルブルグの街並みを知ることができ、好天気だったこともあり非常に気持ち良かったです。

続いて、バスでスモーリヌィ聖堂Смольный Соборに行き、近所を散歩しました。

その後、マルシュルートゥカで戻り、夏の庭園等々を散歩し、ペテルブルグ観光が終了しました。

 

夏の庭園。

foods-情熱-блюдаMay 26, 2009 25:00

これで、中に餡子が入っていれば、どら焼きです。

コンデンスミルク入りアラドゥーシュキ。Оладьи (Oladii)とは、卵と小麦粉をベースにして焼いたりしたものの総称らしく、

ベラルーシー料理のдраники ドラニキ(http://kie.blogsome.com/2008/10/02/p309/)や、сырникиシールニキ(http://kie.blogsome.com/2008/08/01/prices-went-up/)も、アラジヤのようです。

task-自分/法律-делаMay 25, 2009 25:00

「企業家利益の保護」講義(http://kie.blogsome.com/2009/05/23/p394/)で、特に驚いた点と少し驚いた点。

1 「Юрист ユリスト」とは。以前、ユリストとは、弁護士資格はないが法学教育を受けた者と説明してしまいましたが(http://kie.blogsome.com/2007/04/27/lawyers-in-uzbekistan/)、訂正します。法学教育を受けているか否かは関係なく、とにかく「法的サービスに従事する人」とのことです。もちろん、大半は法学教育を受けていると思いますが、受けていない人もいるそうです。ロシアでは民事の法律事務に従事するにも訴訟を代理するにも弁護士資格(адвокат)が要求されないため、法学教育を受けていないユリストが訴訟に出てきて、相手方代理人が「裁判官、彼は法律を勉強していないからこういう得体の知れない主張をするんですよ」といった言い争いもあるそうです。

ところで、法的サービスの質に問題はないのかと聞いたところ、依頼者が質のいいユリストを選べばいいだけ、とのことで、「今のところ」規制する動きはない、とのことです。

2 「Помощник」とは。英語では「Paralegal」と訳されているようですが、日本人の私が思い浮かべるパラリーガルとは異なるようです。ユリストとの相違が不明ですが、ユリスト見習いのようなもので、後にユリストとして働くそうです。大学院生の中には、大学卒業直後から「ユリスト」として働いている学生もいれば、学生故にフル・タイムでは働けないので「パラリーガル」としてある外資法律事務所で働いている学生もいました。

foods-情熱-блюдаMay 24, 2009 25:00

こちらもロシアの代表的料理「Бефстроганов ビーフストロガノフ」。

大きい写真のものは、ベジタリアン・カフェで注文した「ビーフストロガノフ」なので、実際は、ビーフ(肉)ではありません。ビーフストロガノフというと、ハヤシライスのロシア版というイメージがありましたが、別に付け合わせはご飯と決まっているわけでもないようです。

ガイドブックでビーフストロガノフ発祥の場所と紹介されているストロガノフ宮殿にあるレストラン「Строгановский Двор」で、美味しいビーフストロガノフを食べたかったのですが、このレストランは2007年に閉鎖されています。

task-自分/法律-делаMay 23, 2009 25:00

最後の最後まで、何の授業だったのか明確に説明できない授業がありました。予習も復習も難しく、出席しているのも苦痛で、しかし、出席しないという選択も難しかった授業(私はVisitingScholarということで授業登録もなく、どの授業に出るか出ないかは全く自由なのですが)、それは大学院1年生の選択講義の一つ「企業家利益の保護」です。

春学期はどの講座・学科(кафедра)にも手続法の授業がなく、「企業家利益の保護」講義の中で執行や訴訟の話が出てくるのではないかと思い、とりあえず、初回の授業に参加してみました。初回は、ロシアでは誰が法的サービスに従事するかという話で、講義の目的や全体像が理解できなかったので、第二回も出席してみたところ、初回は30名以上いた学生が10名未満になっていました。10名にも満たない出席者の中で外国人の私は明らかに目立ち、いきなり教授に「日本について話してください。」と指名されてしまいました。ロシア語能力の問題もありましたが、それ以上に、講義目的を把握していなかったので、日本の何について話せばいいのか皆目見当もつかず、咄嗟に「後日にしてください。」と答え、そして、何の講義なのかを理解するために出席し続けることになりました。

出席するのが苦痛なのは、毎回、出席者が4・5名程の中、教授が、度々、本筋ではない話題で日本はどう?と私に話しを振ってくるからです。「日本の付加価値税率は」という質問はまだいいとしても、「日本には法的格言はあるか」といった質問まで出てきました。日本に「法的格言」ってあるのでしょうか。

今更、教授に何の講義なのか質問するわけにもいかず、他の生徒に聞いてみたところ、「企業家利益の保護に従事している人・機関」についての講義とのことでした。実際は、教授自身が弁護士(адвокат)としても働いていることもあり、実務経験談が多く、また、大手法律事務所の法律家(юрист)が招かれ自身の仕事を話す回もありました。大学院1年生向けの講義としてはいささか違和感を覚えましたが、ロシアの法律サービス業の実情を知ることができる時もあり、私には興味深かったです(http://kie.blogsome.com/2009/05/25/p396/)。

結局、この選択講義には6名が登録したようです。大学院1年には150名程が在籍し、選択講義の一番人気は「国際仲裁」で、100名程が登録していました。院1年の学生の名前をざっと見たところ、父称のない生徒(おそらくCIS諸国外からの生徒)は1名だけでした。

院の講義:http://kie.blogsome.com/2009/03/08/lectures-at-law-faculty/

foods-情熱-блюдаMay 22, 2009 25:00

ペトロザボーツクはカレリア共和国の首都なので、カレリア料理を食べたかったのですが、事前にレストランを調べる時間がなく、街をフラフラと歩いて探しましたが、中々見つかりませんでした。ホテル「Северная Severnaja」の前の看板に、ホテル内のレストランでカレリア料理が食べられると書いてありましたが、覗いてみるとレストランは紫やオレンジの電気がチカチカするショーレストランで、辞めました。中心から少し離れたところにホテル「Карелия Karelija」があり、名前に「カレリア」を冠しているからには、そこのレストランはカレリア料理を出すはずだろうと思い、入ってみましたが、ヨーロッパ料理のお店でした。

ただ、単純に、おいしかったです(高かったけど)。生サーモンの前菜に羊肉も入った豆のスープです。スメタナソースではなくベリーソースがかけられているところが、フィンランドのお料理を思い出させ、カレリア風料理なのではないかと思いました。

フィンランドのベリー:http://kieosaka.blogsome.com/2009/05/07/berry/

カレリア・パイ:http://kieosaka.blogsome.com/2009/05/07/karelian-pies/

something-愛すべきもの-любимое 25:00

オネガ湖の島、キジ島は世界遺産に指定されている木造建築で有名ですが、ロシア人の友人に、木造建築を観にペトロザボーツクに行ってくると話したら、木造建築なんてロシアのどこにでもあるじゃないと返されました。

移築した木造建築が点在する区域は、国の屋外美術館とのことで、有料です(625ルーブル、学生70ルーブル)。

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

40名強をキージ島に連れていくことができる緑の船は、観光シーズンは満席で要予約のようですが、私が訪れた時は、5月13日に運航が再開されたばかりで、乗船客は20名ほどでした。

私が乗船した便は、11時半ペトロザボツク発、12時45分キジ島着、15時45分キジ島発、17時ペトロザボツク着でした。帰りは、次の便(16時半キジ島発)に乗りたかったのですが、そのようなチケットの買い方はできず、どの便に乗っても、キジ島滞在は3時間となります。

1時間15分の船の旅は、程良い揺れと暖かい日差しのおかげで、爆睡しているうちに終わりました。

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

ペトロザボーツクで、絶対、とある有名ファースト・フード店を意識していると思われるハンバーガー屋「Мак Дак (マック・ダック)」を見つけました。

ダック(鴨)はいいとしても、マックって何なのでしょう。さらに、ダックの目を見てください。ちなみに、その有名ファースト・フード店は、店のフルネームの他に、「Мак Кафе (マック・カフェ)」という表示を掲げています。

ウズベキスタンのセ*ン・イレ*ンを思い出しました(http://kie.blogsome.com/2007/08/05/seven-eleven-in-tashkent/)。

モスクワのマク*ナルド:http://kie.blogsome.com/2009/10/11/big-mac/

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

夜行列車は、予定時刻通り、朝6時50分にペトロザボーツクに到着しました(写真は駅構内と駅外観)。

5時50分には、車掌さんが各コンパーメントに声をかけていき、また、コンパートメントにはラジオが流されるので、嫌でも目が覚めます。到着後、とりあえず、駅構内のトイレで洗顔等々を済ませ、7時に開店した構内のカフェで紅茶を飲んだ後、街をプラプラしながらオネガ湖に向かいました。湖沿いは、きれいに舗装された遊歩道です(下の写真の右上)。

船着場のチケット売り場が開く8時頃に船着場に到着し、予約しておいたキジ島行きフェリーのチケットを購入しました(1890ルーブル、http://www.tourholding.ru/)。街歩きに疲れた上、通りは寒く、街のカフェも開いていなかったので、8時半頃、ちょうどやってきた6番トラムに乗り込みました(12ルーブル)。どこに向かうのかもわかりませんでしたが、終点までゆっくり座って休んでいようと思っていたら、20分程で終点に着いてしまいました(上の写真の右下)。何もない終点付近をプラプラし、また、6番トラムに乗り、10時頃に船着場に戻ってきました。寝台列車で貰った軽食セットを、寒さに凍えながらベンチで食べ、フェリーの出発を待ちました。

transport-交通-транспортMay 21, 2009 25:00

ペテルブルグを離れるので、どこか北の方に旅行をしておかなければと思い、ペトロザボーツクとキジ島に行くことにしました。

朝出発し一日かけてペトロザボーツクに向かい、キジ島も含めて一日のんびりし、そして、また一日かけてペテルブルグに戻ってくるというのんびりプランを考えていましたが、思い立ったのが数日前だったので、列車がすでに満席で、22時02分発の夜行列車に乗って翌朝6時50分にペトロザボーツクに到着し、その日の夜、23時発の夜行列車で戻りペテルブルグには翌朝7時07分に到着するという強行日程になってしまいました。

列車の切符は、インターネット(Яндекс)で購入しました。女性専用列車の購入が上手くいかず(何故か、男性専用車を選択するように、というようなエラーが出てきたため)、運よく女性専用車が受け付けられてもクレジットカード決済が拒否され、予約の振り出しに戻り、クレジットカード決済は諦め、結局、2時間近くかかって予約しました。その後、街で、支払機械を探すのにも手間取り(携帯電話や公共料金の支払機とは別の機械です)、どこかの旅行会社で買えば良かったかもしれないとも思いましたが、慣れれば、便利だとは思います。ところで、この支払機は、お釣りが現金で出てきません。お釣りの代わりにレシート様の紙が出てきてます。そこにコードが記載されており、次回の支払いの際にこのコードを入力してお釣り分の金額を支払うことができます。次回、このような決済の予定がない人は、支払額きっちりの現金を用意しておかないといけません。

乗車券は、駅の窓口か自動発券機(全ての駅にあるわけではないようです)、又は、モスクワ駅にある特別窓口で受け取れます。出発日の夜、ペトロザボーツクに向かう列車が発車するラドー駅に行ってみると、案の定、窓口には長蛇の列ができていましたが、その横にポツンとある自動発券機は、一人待ちで、すぐに乗車券を入手できました。

21時半頃から乗車が始まりました。10号車だけに男性・女性専用のコンパートメントがあり、一つ置きに男性専用、女性専用になっていました。行きは3人組みの女性と一緒で、帰りは全員一人旅の女性でした。下段ベットの下に荷物を収納できるため下段ベッドの方が断然快適だと言われていますが、行きも帰りも上段のチケットを購入しました。電車が走り出してもしばらく上段の人も下段の席に座っていたりしましたが、上段は登ってしまえば自分だけの世界なので気楽です。荷物も少なかったので頭の上か足元の棚に十分収納できました(荷物が多い場合は、下段の人に頼んでベット下に収納させてもらってもいいように思います)。

寝心地ですが、行きは暑くて寝苦しくあまり眠れず、帰りは爆睡かと思いきや、同じコンパートメントにイビキの凄まじい人がいたので、よく眠れませんでした。

女性専用コンパートメントは、上記手続で購入し、1800ルーブル(クレジット決済だと1802.23ルーブル)でした。乗車代金の他、布団類(枕、シーツ、毛布、タオル)、軽食(ミネラルウォーター、パックジュース、ヨーグルト、ライ麦クラッカー、ハム、チーズ、バター、チョコ菓子、コーヒー、紅茶)、スリッパ等のセット(スリッパ、お手拭、靴磨きティッシュ、靴ベラ、歯磨きセット)、新聞と雑誌のセットの代金が含まれています。

列車の旅:http://kieosaka.blogsome.com/2009/05/06/train-from-peter-to-helsinki/

foods-情熱-блюдаMay 19, 2009 25:00


チャーイナヤ・ローシュカのランチ・セットは、ブリニ、サラダ、スープ、飲み物で138ルーブルです。

が、スープにスメタナを入れてもらったため、12ルーブルが加算され140ルーブルとなりました。


Sokosホテルの並びにあるカフェ「ペテルブルグ」のビジネスランチは、鶏にポテト・ピューレ、ゆで卵入り鶏ブイヨンのスープ、サラダ、ジュースで170ルーブルでした。

foods-情熱-блюда 25:00

法学部近くのカフェ「デ・ファクト」のビジネスランチです。

デ・ファクト:http://kie.blogsome.com/2009/04/10/tea-and-milk/

法学部の中にあるカフェのランチ(210ルーブル)。

 

海の物が多いような気がする市場近くのカフェ「フレッシュ・カフェ」のランチ・セットは150ルーブルです。

ある日のランチ・セットは、魚ボールにポテト・ピューレの付け合わせ、ほとんど具のないスープ、パン、コンポートでした。

フレッシュ・カフェ:http://kie.blogsome.com/2008/07/28/

コンポート:http://kie.blogsome.com/2007/06/30/

ビジネス・ランチ1:http://kie.blogsome.com/2009/04/03/business-lanch/

ビジネス・ランチ2:http://kie.blogsome.com/2009/05/19/business-lanch-3/

赤ビーツ攻めのビジネスランチ:http://kie.blogsome.com/2009/02/04/red-beats/

ウズベク料理ビジネスランチ:http://kie.blogsome.com/2008/08/18/

日本料理屋のビジネスランチ:http://kie.blogsome.com/2008/08/12/

discovery-現地事情 -знакомствоMay 18, 2009 25:00

私の名前には、ロシア語で表記する際問題が起こりうる文字が含まれています。「え」、「し」と「つ」です。これらの日本語をロシア語にすると「Э」「Си」「Цу」と決まっています。決まってはいますが、しかしながら、英語表記が「E」「Shi」「Tsu」であるため、「Е」「Ши」「Тсу」という別のロシア語をあてられることがあります。殊に、法学部への申込みを英語で行ったため、法学部では私は後者で登録されていました。これが要因で、ビザ更新で、大学のビザ・登録課で何度か申請をはねられ、書類訂正を求めに行った法学部では文句を言われるという目に合いました。

ビザは、日本のロシア大使館で受けたため前者の表記でしたが、法学部が作成したビザ更新の申請書や在籍証明書は後者の表記だったため、ビザ・登録課で、同一性が確認できないとはねられました。法学部に訂正をお願いすると、「訳の問題じゃないのっ」と文句を言われましたが、申請書と在籍証明書の訂正書面を作成してもらいました。再度、申請に向うと、今度は、ビザは氏・名の順なのに申請書類は名・氏であることを理由に、また、申請は受けられないとはねられました。これもまた、法学部で「順番が逆ってだけなのは明らかじゃないっ」と文句を言われましたが、更新期限も迫っていたので、とにかく書類を作り直してもらいました(ウズベキスタンにいた時、日本人の知人が、このようにビザ更新でたらい回しにされているうちにビザ期限が切れてしまい、不法滞在扱いを受けたことがありました)。

場所がころころ変わるビザ・登録課で、毎回順番を奪い合い(http://kie.blogsome.com/2009/05/12/registration-of-foreigners/)、やっと、4月上旬に新しいビザを取得しましたが、エストニアから戻ってきて外国人登録のためビザ・登録課に行ったら、その新しいビザに記載された名前が、「КИЭ」ではなく「КИЗ」であることを指摘されました。あなたの名前は、「キス」?と聞かれ、「KIE」ではなく「KIZ」と記載されていることを知りました。

あんなに、ビザ記載の通りでなければとうるさく言われ書類の作り直しを強いられたのに、実際にできた新ビザは、ビザ記載を無視したものでした(出国の際も、係官がビザの名前がパスポートと異なることに気が付き、横の係官と何か話していましたが、特に何も言われず、出国しました)。

neighbours-中央アジア-соседиMay 17, 2009 25:00

ウズベキスタンの都市サマルカンドにあるグルエミル廟を模したモスクが、ペトロザボーツク側にあります。もちろん、ウズベキスタンの人だけが来るわけではなく、モスクの側でスカーフを被った東南アジア系の少女達を見かけました。

ウズベキスタンにとってロシアは最有力出稼先で(二番が韓国です:http://kie.blogsome.com/2008/04/06/)、街でもウズベク語らしき言葉をよく耳にします。新聞にも、農作物の収穫時に季節労働者として多数のウズベキスタンの人が働きに来ること、ウズベキスタンの人は非常に勤勉であることが書かれた記事を見つけました。

task-自分/法律-делаMay 15, 2009 25:00

憲法裁判所で行われた民法改正コンセプトについての協議を聞いてきました。当初、聴講希望者多数ということで聴講は不可能と言われましたが、前日の夕方6時に大学から電話があり、聴講できることになったから明日10時ちょっと前に憲法裁判所に行って、とだけ伝えられ、10時から何時までなのか、具体的には何が協議されるのかわからないまま行ってきました。協議には、ペテルブルグ大学の教授が多く参加し、特定のテーマにつき協議をするというよりも、それぞれ、改正コンセプトに取り上げられている問題点につきさらに考慮するべき点や再考すべき点を指摘してゆくという形で進み3時半過ぎに終了しました。

民法改正:http://kie.blogsome.com/2009/04/16/

ロシアの憲法裁判所は、2008年5月に、モスクワからペテルブルグに移されています。ガイドブックには「旧元老院」として紹介されている黄色い建物です(以前、憲法裁判所として載せた写真のピンクの建物は、その横の付属の建物で正面玄関ではありません:http://kie.blogsome.com/2008/08/05/lions-garding-the-constitution/)。

foods-情熱-блюдаMay 13, 2009 25:00

中心地にあるウズベク料理レストラン「Навруз Navruz」で、懐かしいラグマンを食べることができました。Лагман по-кашгарски(カシュガル風ラグマン)で、240ルーブル(約750円)でした。ノンやアチュチュクはないのか聞いたところ、注文を受けたウェートレスさんはウズベク人ではなかったようで要領を得ず、Лаваш(小さめの丸いパン、40ルーブル)とサラダ(170ルーブル)を注文しました。

どれも美味しかったですが、高い!と感じてしまいました。もちろん、ペテルブルグの物価からすると相当な値段ですが。

Lagman in Peter: http://kie.blogsome.com/2008/08/18/lagman-in-stpetersbourg/

discovery-現地事情 -знакомствоMay 12, 2009 25:00

授業の合間を縫って、本校舎のビザ・登録を扱う課へ。これさえなければ、もっと頻繁にペテルブルグから近隣諸国に遊びに行けるのにと思わせる憎き制度、それは外国人登録(レギストラーツィア)です。2007年に許可制から通知制に変更されましたが、許可制を経験したことのない私には、簡易になって便利になったのか不便になったのか不明です。

旅行でロシアに滞在する場合であれば、宿泊先のホテルでのチェックイン時にパスポートを預け30分ほどで終了する手続なので気にもならないかもしれませんが、外国人登録制度は、外国人は、3日以上滞在する地で、当該地への到着から3営業日以内に当該地に登録されなければならないという制度で、厄介な点は、海外に行って戻ってきた場合(ロシア国内でもその登録地を3営業日を超えて離れて戻ってきた場合も含まれるらしいです)、再度、外国人登録をしなくてはいけない点です。制度の変更により、受入機関が警察署のオヴィールに行って手続をするのではなく郵便局から所定通知を出すようになったようですが、留学生は、結局、受入機関である大学の取扱課に手続をしに行き、1週間後に再度当該課に通知証明書となる書面を取りに行くことになります。ペテルブルグ大学の取扱課は、月火木金の午後3時から5時しか開いておらず、さらに、2時間待ちを覚悟しないといけないので(*)、戻ってきた日の翌日・翌々日の午後に授業が入っていないというスケジュールでないと海外に遊びに出られません。(*「待つ」といっても列に並んでいればいいというのではなく、課の部屋の前に群がる生徒を相手にまさに実力で順番を勝ち取っていかなければなりません)

しかし、ここまで面倒な手続を強制させるものの、この登録制度がどこまで厳格なものなのか疑わしいです。というのも、夏にペテルブルグに来て登録をした際、通知・通知証明書面にタイプ打ちされたパスポート番号が私のそれとは全く異なり、担当者に、パスポート番号が間違っていると訂正の登録を求めたものの、「It doesn’t matter」と流されました。

外国人登録制度はソ連の遺産で、未だCIS諸国に残っています。ウズベキスタンでも残っていましたが、手続は当時働いていた所が行ってくれ、また、特別な登録だったのか、ウズベキスタンから日本や近隣諸国に出張に出て戻ってきても、一々再登録をすることはありませんでした。友人が遊びに来た際、私の住む地区の警察署を探して行ってきましたが、登録には1週間はかかるため、1週間の観光ビザで滞在する旅行者はホテルに宿泊しホテルを通して登録しなければならないと言われました(もっとも、今考えると、私が受入者となることはできなかったのではないか、また、私自身、居住地ではなく事務所の所在地で登録していたようにも思います)。

nothing-大切なもの-ничегоMay 11, 2009 25:00

5月11日は休日で、ペテルブルグの南西にあるПетергоф ペトロゴーフへ。戦勝記念日の9日が土曜日だったので、その振替休日です。エストニアから戻ったばかりで、雨もちらつく気温3度の日ではありましたが、せっかく友達が誘ってくれ、ペテルブルグの観光もしていなかったので、行ってきました。友達曰く、このピョートル大帝の夏の宮殿は、ベルサイユ宮殿より素晴らしいとのことです(もっとも、彼女はフランスに行ったことがないそうですが)。

5月9日から噴水が開かれ、沢山の人が訪れていましたが、やはり夏の緑が綺麗だそうです。

nothing-大切なもの-ничегоMay 6, 2009 25:00

5月6日から10日まで、ペテから、ヘルシンキ、タリンをぐるっと回ってきました(http://kieosaka.blogsome.com/2009/05/06/trip-to-finland-and-estonia-6-to-10-of-may-2009/

ヘルシンキ(フィンランド):http://kieosaka.blogsome.com/category/finland-ヘルシンキ-финляндия/

タリン(エストニア):http://kieosaka.blogsome.com/category/estonia-タリン-эстония/

foods-情熱-блюдаMay 4, 2009 25:00

5月前半だけに食べるネヴァ河の魚、と言って大家が出してくれたのは、わかさぎの素揚げでした。

手掴みで食べるのが流儀だとか。ごはんが欲しくなりました。

ネヴァ河で採れると言っても、ネヴァ河がフィンランド湾に注ぎこむクロンシュタット付近のフィンランド湾の一部で釣れるようです。

soup-まずスープ-супMay 3, 2009 25:00


Щиシー)もロシア料理としてポピュラーなスープです。

「酸っぱい」ということがポイントとなるスープで、その酸味を出す野菜はキャベツとも限られず、Щавель(酸葉 すいば)といった野菜も使われるようです。

foods-情熱-блюдаMay 2, 2009 25:00

辞書によれば、Пирог (ピローク)とはロシア風パイだそうです。Пирожки(ピラシキー:ピロシキ)とは、また別の物のようです。

写真のピロークは、ペテルブルグ市内に4店舗ほどあるピロークのカフェ「Пирогоф Pirogof」のものです。手前はキャベツのピローク、奥は林檎のピロークです(一切れ、大体、30から60ルーブル、90円から180円)。

ピロシキ:http://kie.blogsome.com/2008/09/23/snacks-piroshki/

オセチアのピローク:http://kie.blogsome.com/2009/10/05/ossetian-pie/

holidays-お祝い-праздникиMay 1, 2009 25:00

5月1日(金)はПраздник Весны и Труда(春と労働の祝日)でしたが、ペテルブルグ撤退準備のため荷物をまとめたりして、一切外出せず一日が終わってしまいました。

日本に帰りたくなったわけでも、ペテルブルグが嫌いになったわけでもありませんが(好きになったこともありませんが)、この間借り生活(大家との同居)が終わるかと思うと、嬉しいです。5月2日は通常の日でしたが、生徒の強い希望(抗議)により、ほとんどの講義が休講となりました。

task-自分/法律-дела 25:00

ウズベキスタンの通常の破産手続の期間は1年ですが、実際は1年で終了することがないと聞き、改正しないのかと質問したところ、1年で終了することが望ましいという回答がありました。いくら望ましくとも、実現可能性のない定め故に、実務が法律とかけ離れたまま、ないし、法律が実務とかけ離れたまま、ということでいいのだろうかとも思いましたが、この時は、ロシアの倒産法が破産手続を1年としていることに引きずられているのかと納得していました。

そのロシアの破産手続の期間が、2008年12月末の改正により1年から6ヶ月に短縮されました(124条)。銀行の破産手続は1年のままです(信用機関倒産法50.16条。http://kie.blogsome.com/2009/02/04/repay-in-full-in-any-case/で、延長を繰り返している銀行の破産事件に触れましたが、法律は延長一回のみを予定しているとのことです)。破産手続には、最長で7ヶ月の監視手続が先行し、その間に債権者も大体把握されますが、財産売却は破産手続が開始してから行われるので、競売手続による売却が6ヶ月で終わるのだろうかと疑問に思ったところ、やはり、実際には、延長されることが多いようです。この改正点が講義で取り上げられた時、延長事由の明確化等、期間延長が話題でした。頻繁に延長されるのであれば、期間が短縮されたことや、そもそも期間を設けることに異論はないのだろうかと思っていましたが、期間を設定する理由がなんとなくわかりました。なんとなくですが。

倒産事件は訴訟(исковое производство)ではありませんが、商事手続法(Арбитражный процессуальный кодекс)も適用され、訴訟と同じ構造を維持していることに理由があるように思いました。倒産事件では、債務者を倒産者と認定してくれという申立てが出され、裁判所は、この申立てを審理し認容する場合(この審理期日までの期間、債務者は保全にふされ、つまり、監視手続が実施されます)、債務者を倒産者と認定し、破産手続を開始する裁判を出します。ロシア語では、この裁判は訴訟における判決(решение、本案についての判断)と同じです。そこで、破産手続は、債務者を倒産者と認定した判決を執行する手続ということになります。第三者が債務を弁済した故に倒産事件が打ち切られる場合、債務者を倒産者と認定し破産手続を開始する裁判(判決)はそれ以上執行されないという定めがあるのも(149条)、おそらくこのような考えに基づくものと思います。執行手続では、手続開始から2ヶ月又は特定の期間内に執行されなければならないので、債務者の倒産認定・破産手続開始の判決も一定の期間内に執行されなければならない、そして、その期間は6ヶ月が「望ましい」と判断されたようです。何故、6ヶ月が望ましいのかは、わかりません。

倒産法改正:http://kie.blogsome.com/2009/03/19/laws-of-russia-and-central-asian-countries-in-japanese/

倒産法改正:http://kie.blogsome.com/2009/04/10/amendments-to-bankruptcy-law/