ロシア人映画監督ニキータ・ミハルコフの映画「12」のテレビ版が、11月4日から4夜に分けて放映されました。日本でも邦題「12人の怒れる男」として2008年夏から上映され、奇しくも来年度から裁判員制度の開始することもあって、裁判員制度が一緒に言及されることも多いようですが、映画は、裁判法廷が終わったところから始まり、映画で証拠調べ等が映し出されることはないので(陪審員の評議では一部出てきますが)、観ながら自分も証拠について考えたり一緒に事件を考えドキドキしたりするということはありませんでした。12名の語りが映画の中心で、正直、語りの内容を正確に理解することはできませんでしたが、ただ、ロシアにいるせいか、裁判映画というよりも、ロシアの現状を描いた映画として興味深かったです。事件は、チェチェン戦争で孤児となったチェチェンの少年がロシア人将校の養父を殺害したというものですが、チェチェン問題だけではなく、事件とは関係ない、ロシアの様々な側面が語り出されます。

一緒に事件を考えるという点では、テレビ番組「陪審 Суд присяжных」があります(この他にも、別チャンネルで5つ程裁判番組があるようです)。この番組は今年の7月から始まりましたが、ロシアでは、陪審制度は1993年に導入(再導入)されているそうです。番組を最初から最後まで観たことはありませんが、毎回、実際の事件がアレンジされ、陪審員役の12名が実際に自分たちで事件を考え評決を出すようです。舞台は法廷で、事件現場のビデオや事件発覚当時のビデオが法廷で流されることがありますが、ドラマのように事件の当時の様子(回想シーン等)が出てくることはありません。殺人の否認事件でも1事件1時間の放映なので、え、これで終わり?と思うこともあり(参加者募集によると収録自体は3時間だとか)、陪審員の協議も数分しか放映されず、また、大手テレビ局がこぞって裁判「ショー」を放映することに批判もあるようですが、裁判というものを身近に感じる番組です。一方で、ドラマとして創られているわけではないので、あの証人は絶対、何か隠しているであろうという様子があっても真相はわからないまま終わり(何故、誰も突っ込んで明らかにしてくれないんだと思うことも)、非常にもどかしいですが、証人が法廷で突然改心して涙ながらに真実を語り出してしまうよりも人間くさくて面白いです。おそらく、証人役にも「台本」はなく、事実だけを知らされ、それらを自由に話す、又は、話さないことが認められているのではないかと思います。

ところで、蝋燭の写真は、「12」の放映3日目の11月6日の夜に撮ったものです。ちょうど「12」を観ている最中にアパートの建物全体が停電になり、大家さんが用意してくれました。ご近所の人の話でも、建物だけの停電はここ30年の間でも初めてとのことで(お湯は週に一回くらいは止りますが)、大家さんは「あなたがテレビ番組を特定して観るなんてのも初めてなのにね」と笑っていました。テレビ版は映画版よりも詳細なものらしく、映画版DVDを観ても12名の語りはどこが詳細になっていたのかわかりませんでしたが、映画の最後の、評決が言い渡された後の部分-12名の陪審員がそれぞれ雪降る夜道を自分たちの日常、現実に帰っていくシーンやチェチェン少年の様子等々‐が大幅にカットされていたようで、非常に非常に残念でした。最後の10分だけでも、もう一度テレビ版が観たいです。