スーツケースの中身はお菓子やDVDばかりで貴重品はありませんでしたが、ロシアの国内線では荷物が抜き取られることもあると聞き、それよりも何よりも一度試してみたかったので、ペテルブルグの空港で、200ルーブル(約1000円)を出してパッキングをお願いしました。もっとも、モスクワのホテルでスーツケースを開けることになりましたが。
モスクワを経由して日本に帰る日、ペテルブルグは朝から吹雪いており飛行機は飛ばないのではないかと嫌な予感がしたら、その予感は中途半端に的中しました。
ペテルブルグ・モスクワ便は2時間遅れで飛んでしまい、モスクワのシェレメツボ1に到着した時はモスクワ・日本便の出発(19時20分)まで50分程度で、空港係員には「出発まで1時間ないから無理。荷物回収して、チケットを振り替えて、本日はホテルへ」と言われました。がんばれば間に合うのではないかとも思いましたが、係員ががんばる気がないようだったので、素直に指示に従いました。思いもかけず、モスクワで足止めを食らい、思ったとおり、あまり評判のよくないシェレメツボ空港で右往左往しました。写真は翌日ホテルから撮影したもの。
シェレメツボ1(国内線・CIS諸国線)の出発ビルと到着ビルは別のビルで、その間の移動には、一度建物を出て歩かなければなりません。到着ビルでスーツケースを取って、まず、チケットを振り替えるため、出発ビルへ行くように指示されました。その間、がたがたの道でスーツケースのローラーが一つ壊れました。翌日の同じ時間の便に振り替えてもらい、次は、ホテルの手配のため、到着ビル2階に行くように言われました。壊れたスーツケースを引きづりながらが到着ビルに戻り、階段をスーツケースを持って上りました(エレベーターなし)。ホテルの手配が完了したら、ホテル行きバスに乗るため、出発ビルに急いで行けと言われました。壊れたスーツケースを持って、再度、出発ビルに。

手配されたホテルは、空港近くの「Sheremetytvo-2」ホテルでした。ロビーも中々小奇麗で横にはおしゃれなレストランがあり、夕食、翌日の朝食、昼食が提供されると聞いてラッキーと思ったら、指示された食事の場所は、ホテルを出て、吹雪いている暗い中を数分歩い到着するホテル裏の建物の中の、おそらく従業員用の食堂でした(上の写真)。翌日は、自腹で、向いの豪華なホテル「Novotel Hotel」のレストランで食べました。
ホテルに着くまでは散々でしたが、翌日の便も確実に確保し、ホテルはお湯・湯船があり、チェックアウトも17時だったので、出発までホテルで休んで細々した仕事も片づけることができました。ウズベキスタンでも冬に飛行機トラブルに遭ったことがありましたが、その時は、預けた荷物はそのまま、ホテルはお湯が出ない、翌日のことは何もわからないという状態で、それに比べればましでした。http://kie.blogsome.com/2006/12/08/
お気に入りの胡桃型クッキーを箱買いしました。2キロです。これを抱えて乗合いタクシーに乗るのは少し恥ずかしかったです。一旦、ロシアを引き上げて帰国するので、そのお土産です。
*食べた人の感想は、「美味しいけど脂っこい・・」でした。

初雪です。
サンクトペテルブルグはそう雪は降らないとは聞いていましたが、11月20日にやっと雪が降ったのには驚きました。
例年だと、もう少し早く降るようです。

お湯を注ぐだけで、ボルシチになるはずのインスタント・スープ。
色は、スープ・パックよりもボルシチらしいですが、味が今一でした。
スープ・パックのボルシチ:http://kie.blogsome.com/2008/08/22/pack-food/
*一緒に買った「ハルチョ」のインスタント・スープは、お土産として日本に持って帰りました。これを渡した人の感想は、怖くて、聞いていません。
ハルチョ・スープ:http://kie.blogsome.com/2008/08/24/gurgian-soup-harcho/

日本人が何にでも醤油をかけるように、ロシア人は何にでもスメタナをかけるように思います。
写真は挽肉、お米と野菜を詰めたピーマンの料理で、ブルガリアの料理と言われていますが、大家曰く「スメタナをかけてペテルブルグ風よ」と。
キノコ・スープにも、大家曰く「当然、スメタナを入れなくては」と。ところで、このスープは、干し椎茸から作ったとのことで、スーパーにはマッシュルームぐらいしか売っていないので、どこで買ったのか聞いたら、「キノコはスーパーでは売っていないわよ。自分で採ってくるか、地下鉄とかでおばあさんから買うのよ」と言われました。地下鉄の入口等々で、おばあさんがキノコの瓶詰を持って立っているのをよく見かけ、買う人がいるのだろうかと思っていたら、自分でキノコ狩りに行かない人はここで買わなければいけないようです。
ロシア人映画監督ニキータ・ミハルコフの映画「12」のテレビ版が、11月4日から4夜に分けて放映されました。日本でも邦題「12人の怒れる男」として2008年夏から上映され、奇しくも来年度から裁判員制度の開始することもあって、裁判員制度が一緒に言及されることも多いようですが、映画は、裁判法廷が終わったところから始まり、映画で証拠調べ等が映し出されることはないので(陪審員の評議では一部出てきますが)、観ながら自分も証拠について考えたり一緒に事件を考えドキドキしたりするということはありませんでした。12名の語りが映画の中心で、正直、語りの内容を正確に理解することはできませんでしたが、ただ、ロシアにいるせいか、裁判映画というよりも、ロシアの現状を描いた映画として興味深かったです。事件は、チェチェン戦争で孤児となったチェチェンの少年がロシア人将校の養父を殺害したというものですが、チェチェン問題だけではなく、事件とは関係ない、ロシアの様々な側面が語り出されます。
一緒に事件を考えるという点では、テレビ番組「陪審 Суд присяжных」があります(この他にも、別チャンネルで5つ程裁判番組があるようです)。この番組は今年の7月から始まりましたが、ロシアでは、陪審制度は1993年に導入(再導入)されているそうです。番組を最初から最後まで観たことはありませんが、毎回、実際の事件がアレンジされ、陪審員役の12名が実際に自分たちで事件を考え評決を出すようです。舞台は法廷で、事件現場のビデオや事件発覚当時のビデオが法廷で流されることがありますが、ドラマのように事件の当時の様子(回想シーン等)が出てくることはありません。殺人の否認事件でも1事件1時間の放映なので、え、これで終わり?と思うこともあり(参加者募集によると収録自体は3時間だとか)、陪審員の協議も数分しか放映されず、また、大手テレビ局がこぞって裁判「ショー」を放映することに批判もあるようですが、裁判というものを身近に感じる番組です。一方で、ドラマとして創られているわけではないので、あの証人は絶対、何か隠しているであろうという様子があっても真相はわからないまま終わり(何故、誰も突っ込んで明らかにしてくれないんだと思うことも)、非常にもどかしいですが、証人が法廷で突然改心して涙ながらに真実を語り出してしまうよりも人間くさくて面白いです。おそらく、証人役にも「台本」はなく、事実だけを知らされ、それらを自由に話す、又は、話さないことが認められているのではないかと思います。
ところで、蝋燭の写真は、「12」の放映3日目の11月6日の夜に撮ったものです。ちょうど「12」を観ている最中にアパートの建物全体が停電になり、大家さんが用意してくれました。ご近所の人の話でも、建物だけの停電はここ30年の間でも初めてとのことで(お湯は週に一回くらいは止りますが)、大家さんは「あなたがテレビ番組を特定して観るなんてのも初めてなのにね」と笑っていました。テレビ版は映画版よりも詳細なものらしく、映画版DVDを観ても12名の語りはどこが詳細になっていたのかわかりませんでしたが、映画の最後の、評決が言い渡された後の部分-12名の陪審員がそれぞれ雪降る夜道を自分たちの日常、現実に帰っていくシーンやチェチェン少年の様子等々‐が大幅にカットされていたようで、非常に非常に残念でした。最後の10分だけでも、もう一度テレビ版が観たいです。


ロシア料理に身体が温まるスープが多い理由が、最近、よくわかります。
今年は、8月は例年になく寒く、10月は通常より暖かかったとのことですが、11月に入って厳しい寒さがやってきました。写真は魚のスープ「Уха Ukha」です。ペトログラード側にはこのウハ専門のレストラン「Демьянова Уха Demiyanova Ukha」があります。レストランで食べると250ルーブルから400ルーブル程度しますが(約1000円から2000円)、ブリンチキ・チェーン店「チェレモック」といったファースト・フード店では、80ルーブル(約380円)です。
ペテルブルグはフィンランド湾にも面しているので、ウハや魚サリャンカ以外にも魚料理は一般的なのかと思っていましたが、魚は比較的高額でどこででも売られているわけでもないので、あまり食べないそうです。前お世話になっていたお宅も、家では一度も魚料理を用意したことがなかったそうです。それ故、魚の国から来た私が美味しい魚料理を作ってくれると期待され、(料理には縁遠い)私も魚を買いに出かけましたが、スーパーでは冷凍物しか売られておらず、市場の魚もその鮮度が怪しく、本当にあまり魚を食べないんだな、と思いました。またまた、ビザの話です。ビザの発給は、大使館次第、窓口担当者次第(気分次第?)、運次第という話です。ロシアのビザ:http://kie.blogsome.com/2008/10/13/visa-to-russia/
もう9月のことですが、ロシアからカザフスタン出張に行くために、カザフスタン・ビザの申請代行をペテルブルグの旅行会社にお願いしたところ、旅行会社曰く、大使館窓口で申請書類の受理には「公証人のサイン」が必要だと言われたとのことでした。ビザ申請書類の公証については、カザフスタン大使館ホームページのどこにも記載されておらず、また、旅行会社担当者が電話で申請書類を確認した際にも指摘されず、その旅行会社ではこのような前例はないとのことでした。ただ、争ったところで意味もなく、また、ロシアビザの切替の関係で出発日まで10日もなかったので、翌日、朝一番で、旅行会社担当者と一緒に公証人事務所へ駆け込みました(寒さに耐えながら事務所が開くのを待っている間、代理申請だから公証を要求されるのか、そうであれば、このままカザフスタン大使館に連れて行ってもらって、私本人が申請してしまえば済むような・・とも思いつつ)。
事務所の机につくと、机の女性に、いきなり「あなたは、公証人**にビザの申請を委任することを希望しますか」と聞かれました。旅行会社担当者が英語で通訳しようとしたところ、その女性はものすごい勢いでその担当者を静止し、またロシア語で「**委任することを希望しますか!?」と迫ってきました。書類の公証ではなく申請依頼だったのかな、もうなんでもいいからやってくれと、とりあえず「はい」と答えたら、その女性は委任状を作成してくれました。
どうもロシア人ではない私がカザフスタンのビザを申請したので、カザフスタン大使館は公証人を通すように要求したのではないかと推測できましたが、ロシア語を理解しない外国人だったらどうなっていたのでしょうか。カザフスタン出張:http://kie.blogsome.com/2008/09/
ウズベキスタンで、カザフスタン・ビザを申請した際も、何がどうしてそうなの、と思うことがありました。2007年3月にカザフスタンに行った際、招待状なくシングル・エントリーのビザを発給してもらえましたが、2007年9月に行こうとした際には、シングル・エントリーのビザでも招待状が必要であると、申請書類が受理されませんでした。前回は不要だった、ホームページを見ても招待状は要求されていない等々訴えましたが、回答は「法律が変わったから」とだけで、受理してもらえませんでした。最終的には招待状なくビザを取得したものの、この時も出張が迫っていたので焦っていろいろ試し、結局、別の窓口担当者の時を狙って再度申請書を提出したのか(招待状なく)、招待状は必要だったけどどうにかして発給してもらったのか、どうしてビザが取得できたのか記憶にないところです(ロシアでビザを取得した際には招待状を要求されなかったので、おそらく前者だと思います)。当時、周囲のウズベク人には、「窓口の人の気まぐれでしょ」、と言われましたが、今でも納得できません。
一方、観光に力を入れている、もとい、観光目的以外ではあまり日本人が行かないとも言えるウズベキスタンについては、観光でもビザが必要ですが、ビザ発給に招待状は不要です。ビザ発給は2000円と有料ですが、目黒の大使館で1週間程で問題なく発給してもらえました。キルギスは、5日以内の滞在であればビザが不要です。ウズベキスタンも、せめて8日以内の滞在はビザ不要、としてほしいところです。
タジキスタンもビザ取得に招待状は不要と記憶していますが、タシュケントでタジキスタン・ビザを取得しようと思って困ったことがあります。心配症の日本人なのでビザは早く取得したいと思っていましたが、出張の調整が中々つかずタジキスタン入国予定日の5日前にようやく申請したところ、「早すぎる。出発の3日前くらいに申請して。」と申請を拒否されました。3日前も5日前も大して変わらないだろうにと思いつつ、3日前まで待ちました。
Visa to Japan:http://kie.blogsome.com/2009/01/16/visa-to-japan/

