12月8日(金)は、憲法記念日で祝日でした。この日は、日本での5週間の業務を終え、夜7時半頃(日本時間の夜11時半頃)には、タシュケントの自宅のバスタブで呆けている予定でしたが、実際には、その時間には、ウズベキスタン第2の都市サマルカンドにいました。この日のタシュケントは、霧のため10メートル先も見えないような悪天候で、タシュケント空港が閉鎖され、私が大阪から乗ったウズベキスタン航空だけではなく、ソウルやモスクワから来た飛行機もサマルカンドに着陸し待機することになりました。サマルカンドに着いてしばらくは飛行機の中にいましたが、9時頃に待合ロビーに移され(下の写真)、何の情報もなく、何らかのアナウンスをただ待っていました。タシュケントにいるJICAの方々に連絡を入れて、朝まで霧が晴れる様子はないことや、アシアナ航空はすでに翌朝にタシュケントに来るとのアナウンスをしたこと等の情報を得ましたが、待合室では何のアナウンスもなく、12時頃に空港内レストランで夕食が出された際に(下の写真)、ホテルに移動し翌朝にタシュケントに向かうことがわかりました。

午前1時過ぎ(日本時間の午前5時過ぎ)に、入国審査もせずに、手荷物だけを持って手配されたバスに乗り込み、ホテル「Afrosiyob Palace」に向かいました。ソウルやモスクワから来た乗客やイスタンブールに行くはずだった乗客もこのホテルに連れてこられたため、ホテル受付も乗客も混乱していました。翌朝になっても何の情報もなく混乱は続きましたが、10時頃にバスでサマルカンド空港に向かうことができました。空港外の食堂で朝食が振る舞われた後、周りのウズベクの人にくっついて行動し、午後1時頃、タシュケント空港に到着しました。空港内は、大阪、ソウル、モスクワからの乗客でごった返し、また、空港職員も混乱しており、空港を出た時は午後2時半を過ぎていました。ちなみに、今回、ウズベキスタン航空又はアシアナ航空で日本から来た乗客に、ウズベキスタンへのツアー客はおらず、乗客は、JICA関係者(多数)、商社の方やウズベキスタンの農業高校と姉妹校提携に来ていた日本の高校の方等、観光目的以外の目的で来た方でした。

 

 

9日の朝、ホテルの部屋から見えたグル・アミール廟。夜はライト・アップされます。

 

 

 

 

 

 

 

サマルカンドからタシュケントまでの飛行時間は35分でした。サマルカンドからタシュケントまで陸路で帰れないのかとも思いましたが、真夜中に雪の積もる山を超えるのも得策ではなかったようです。

 

 

 

 

今回のトラブルについてですが、濃霧ゆえの空港閉鎖には問題はなかったと思います。逆に、このような場合には、無理に着陸してほしくはありません。2ヶ月程前にタシュケント空港で乗員が全員死亡する飛行機事故がありましたが、これも悪天候時の着陸失敗だったと記憶しています。では、航空会社ないし空港の対応に問題はなかったのか。この点、情報がない、早くホテルに誘導するといった他にもっと適切な方法があったのではないか等不満は聞かれましたが、不誠実な対応はなかったのではないかと思います。不誠実な対応とは、適切な措置を知っているのに、そのような措置がとれるのに、しないということです。要は、出来ることはやっていた、出来ないことを要求しても仕方ない、ということで、この1年半、ウズベキスタンの法整備支援プロジェクトに従事してきて悟ったことです。もちろん、出来ることを増やしてほしいとは切に願っています。