foods-情熱-блюдаAugust 18, 2008 25:00

ご当地ラグマン・シリーズ(?)、ピーテル編です。

ヴァシリエオストロフスカヤ駅のマクドナルドの並びにあるカフェでは、4種類のビジネスランチ(180ルーブル、約860円)が提供されており、4番目はウズベク・ランチです。サラダ、ラグマン、プロフ、お茶のセットです。ラグマンもプロフもあっさりしていて、東京で食べたものに似ていました。

Lagman in Tokyo:http://kie.blogsome.com/2007/10/30/lagman-in-tokyo/

Lagman in Seoul: http://kie.blogsome.com/2008/04/06/lagman-in-seoul/

Lagman in Almaty: http://kie.blogsome.com/2007/03/20/lunch-in-kazakhstan/

Lagman in Dushanbe: http://kie.blogsome.com/2007/03/15/tajik-taste/

Lagman in Tashkent: 多数・・。

Lagman in Bishkek: 写真をブログに掲載しておらず・・。

something-愛すべきもの-любимоеAugust 17, 2008 25:00

ネフスキー通りにあるデパート「パッサージュ」横の劇場

театр имени В. Ф. Комиссаржевской カミッサルジェフスカヤ劇場」

演劇にも縁遠いのですが、家の人が、夕方5時になって「今日の夜、ドラマのチケットを買っておいたから。今、夕飯食べて、7時には劇場に行ってね。」というので、ロシア文学・文化の先生と一緒に、お芝居「Свадьба Кречинского」を観に行ってきました。

開演2時間前にチケットの存在を知らされたので、演目について前もって何らの知識も得ることができず、演題も「クレチンスキーの結婚」の「クレチンスキー」って何?という状態で(人物の名前でした)、ロシア語のセリフは全くわからず、正直、一緒にいった先生が英語で説明してくれたこと以外は理解できませんでした。ただ、演劇を観るのは初めてだったので、劇場の雰囲気を楽しんで帰ってきました。


人生初のロック・オペラ(タシュケント、ナヴォイ劇場):http://kie.blogsome.com/2006/07/23/alisher-navoi-opera-and-ballet-theatre/

ナヴォイ劇場:http://kie.blogsome.com/2007/02/04/132/

discovery-現地事情 -знакомствоAugust 16, 2008 25:00

観光も文学も音楽も全く縁がないのですが、、現在、同じ家に滞在している、ロシア文学・文化の先生(カナダ人)に連れられて、ドストエフスキーのお墓、ドストエフスキーの最後の家(文学記念博物館)、プーシキンの住んでいた家(博物館)等々に行ってきました。

無知を露呈するために付いて行ったようなものですが、丁寧にいろいろ教えてもらい、ロシアの文学にも少し興味が湧きました。

話の中で一番興味深かったのは、(文学ではないですが)ロシア語の文字です。

チャイコフスキーのお墓に刻まれた名前が「Чайковскiй」となっていたからです。現在、`ウクライナ語では使われていて、ロシア語では使われていない文字「i」が含まれていました。「チャイコフスキーってウクライナ人・・?」と思ったのですが、彼女の説明によれば、ロシア革命の際に、ロシア語の文字表記が何点か改められ、それまで使われていた文字「i」も廃止されたそうです。ずっと、ウクライナ語の方がロシア語から変化したものと思っていましたが、逆でした。

discovery-現地事情 -знакомствоAugust 15, 2008 25:00

地下鉄に乗って、まず、思ったことは、「ジェトンって、プラスティックではないのか」です。

タシュケントの地下鉄のジェトンはプラスティックだったので、てっきりそういうものかと思っていました(モスクワの地下鉄に乗ったのは10年以上前なので、ジェトンの記憶はなく。)。

現在、17ルーブルです(約80円)。

Metro in Tashkent:http://kie.blogsome.com/2006/08/12/metro/

foods-情熱-блюдаAugust 12, 2008 25:00

 

 

 

 

 

ヴァシリエフスキー島7番通りにある日本料理店「高雄」は、こちらのガイドブックでは、レストランとしては一番安いランクが付されています。

メニューの中でもお高くない料理の野菜の「テッパンヤキ」が175ルーブル(約800円、量が非常に少ない)、「ミソシロ」が80ルーブル(約380円)しますが、平日はБенто ланчи Bento-lanchがあります。250~300ルーブルで、海老弁当、鮭弁当、豚弁当、鴨弁当、牛弁当等々あります。「トリ・ベントー」を下さいと鶏弁当を注文したら、ロシア人のウェイトレスさんに「トリベン?」と聞き返され、ちょっと笑ってしまいました。味は、全体としては及第点で、味噌汁はインスタントかもしれませんが、まさに日本で飲む味噌汁でした。デザートは、ケーキのみで、日本菓子はありません。


 

 

 

 

ちなみに、この「高雄」、実は、滞在している家の向いというか、滞在しているアパートから表通りに出る所にあります。

向いの建物の右側が「高雄」です。

日本食ブーム in ロシア

http://kie.blogsome.com/2008/08/06/sushi-set/

foods-情熱-блюдаAugust 11, 2008 25:00

ヴァシリエオストロフスカヤ駅の向かい6番通りの角にある、輸入菓子、チョコ、クッキー等々が売られているお菓子専門店で、これを見つけ、1キロ買ってしまいました(Орешки Oreshki、1キロ225ルーブル、約1080円)。

外はクッキーのようにサクッとしていて、中にとろっとした胡桃のキャラメルが入っている焼き菓子です。

ウズベキスタンでも、お気に入りの茶請けで、キロ買いしていました(あちらでは、近所の市場にあった菓子専門店で確か3600スム、約360円だったと記憶しています。)。

コンビニでも、300グラム29ルーブルで、一つ一つの大きさが3分の2ほどのアレーシュキを買いましたが、外はカリッとしておらず、また、小さい分、中のとろける感も少なく、今一でした。

輸入菓子もその他のお菓子も近所にあるスーパーで売られていますが、大事そうに様々なお菓子をショーケースに並べているお菓子専門店に行くと、なんだかわくわくして、ちょっと楽しいです(そして、ついつい、いろいろなお菓子を買ってしまいます。)。

For tea: http://kie.blogsome.com/2007/04/08/for-tea/

something-愛すべきもの-любимоеAugust 10, 2008 25:00

サンクトペテルブルグの観光名所は主に、ネフスキー通りといった中心地に集まっています。私の生活圏はヴァシリエフスキー島で、橋を渡りネバ河を超えて中心街に行くことは稀です。したがって、いわゆる観光名所である聖堂や美術館、建物、また、世界遺産に指定されている街並みにはあまり馴染みがありません。一番のお気に入りの景色は、ヴァシリエフスキー島にいても堪能できる、河沿いの街並みです。

ペテルブルグ出身の人に、建物と一緒に絵になる雲が特に好きだと話したら、20年程前は真っ白な雲だったのに、今は灰色になってしまったと嘆いていたました。

左の写真は、ペトロパブロフスク要塞から観たエルミタージュ美術館とヴァシリエフスキー島の内陸側の先端にある噴水です。燈台のあるこの先端ではいつも音楽が流れており、通る度に襟裳岬(とそこで流されている例の歌)を思い出します。

http://kie.blogsome.com/2008/07/18/stpetersbourg-leningrad/(高い建物は、おそらく、イサク聖堂)

drink-潤い-напиток 25:00

日本食レストランに限らず、よく、飲物メニューに「Sen-cha煎茶」を見かけます。

飲物でも、日本食ブームのようです。アゼルバイジャン料理レストランにもありました。ブリンチキのチェーン店では(写真)、Sen-chaの他に Japanese leafもあり、私の前に並んでいたロシア人のお客さんはJapanese leafを注文していました。

コーヒーも広く飲まれているようです。コーヒーのカフェ・チェーン店もあり、その一つ、「Кофе-Хауз」は、ロシア版スターバックスといえる、強気のお値段のコーヒー・チェーン店です(ペテルブルグにはスターバックスはありません。現在、モスクワに6店舗のみだとか。)。ミドル・サイズのカプチーノが139ルーブル(約670円)もしました。

ミルクティーはあまり一般的ではないようです。「お茶にミルクを入れるなんて変わっているわね・・」と地元の人に言われ、写真のブリンチキ・チェーン店では、English Breakfastがあるのにミルク入りでは注文できず(メニューに「ミルク」はありますが)、ミルクティーの注文を受けてくれたカフェも、緑茶と一緒にミルクを出してきました。

ロシアン・ティー:http://kie.blogsome.com/2008/03/04/

ウズベキスタンのお茶事情:http://kie.blogsome.com/2006/07/23/

カザフスタンのお茶事情:http://kie.blogsome.com/2007/09/27/tea-with-milk/

task-自分/法律-дела 25:00

「破産手続」という本を買いました。2006年にサンクトペテルブルグで出版された本です。2002年に成立した新しいロシア倒産法の中の清算型手続についての本で、前半部分をちらちらと立ち読みしていた時は買う気にはならなかったのですが、後半の国際倒産や外国の清算型倒産制度についての解説を読んで、ある意味面白いなと思って購入しました(*ロシアでも倒産に関する各種手続は「倒産法」に規定されており、破産法といった個別の法律はありません。)。

外国制度としては、CIS諸国(アゼルバイジャン、カザフスタン、モルドバ、トルクメニスタン)の他、多数のヨーロッパ諸国、そして、アメリカ、イスラエル、モンゴル、日本の手続までも紹介されています。トルクメニスタンを挙げて、何故、ウズベキスタンの紹介はないのかと思ったら、脚注に、「ベラルーシーとウズベキスタンの倒産制度は、若干、用語が異なるだけでロシア法制と類似しているので、法令を引用するに留めるが、それで十分と思われる。」と指摘され、ウズベキスタンについては「1998年」倒産法(1999年、2000年に一部改正)が引用されていました。ウズベキスタンの2003年倒産法も、ロシアの2002年倒産法に非常に似ているので、解説を省略しても問題はないかもしれませんが、2002年ロシア倒産法を取り上げて2006年に出版した本であれば、せめて、ウズベキスタンの「2003年」倒産法を指摘してもらいたかったです。いつか、機会があれば、注釈書だってあるんです、と言いたいです。

ちなみに、日本の破産法も旧法が取り上げられていました。日本の倒産法制全体については、1922年の破産法の他、1952年に会社更生法が採択されたとの説明で止まっており、化石のような法制と勘違いされてしまうのではないかと思いましたが、日本に限らず、イギリスの近年の倒産法制改正にも言及されておらず、全体的に、他国法制は最新の法令に基づいていないようでした。

ウズベキスタン倒産法:http://kie.blogsome.com/2007/02/19/bankruptcy-law-of-uzbekistan/

foods-情熱-блюдаAugust 9, 2008 25:00

こちらも定番のスープです。

作り方はいたってシンプルでした。

小麦粉と卵と水をこねて麺を作りました。

私でも作れそうです。

foods-情熱-блюдаAugust 6, 2008 25:00


近所のコンビニのようなミニマーケットでお寿司のパックが売っていました(204ルーブル、約1000円)。

見た目は日本でも売っていそうな寿司パックですが、ちょっとお米が・・。


ロシアは日本食ブームだそうです(ロシアに限らず、ヨーロッパで「スシ・バー」が流行っているようですが)。

こちらのインフォメーション・センターで配布しているガイドブックでは、イタリア料理レストランと同じ軒数くらい日本料理のお店が紹介されています(50軒程度)。チェーン店として展開している店もあります。また、イタリア料理レストランなのに、寿司が用意されているところもありました。お値段は当然高いです。

task-自分/法律-делаAugust 5, 2008 25:00

郵便局に行った帰りにネバ川沿いを歩いていたら、ライオン像に出会いました。

なんの建物かと思ったら、憲法裁判所でした。

お隣の建物の方が重厚で威厳があるなと思ったら、あの「ガスプロム社」の建物でした。

something-愛すべきもの-любимое 25:00

偶々通りかかった劇場風の建物「Центральный выставочный зал «МАНЕЖ»」(Manege)で、「ウズベキスタンの写真家 中央アジアの文化と伝統」«Фотографы Узбекистана  Культура и традиции Средней Азии»という写真展が開催されており、思わず入ってしまいました。

ブハラ出身の写真家が多く、ブハラやその周辺の写真が多かったように思います。

完全にヨーロッパの街といえるサンクト・ペテルブルグで観るウズベキスタンの写真は、「オリエント」「エキゾティック」という言葉がよく合っているように思いました。

以下のサイトで、写真の一部を観ることができます。

http://www.photographer.ru/events/afisha/3277.htm

foods-情熱-блюда, discovery-現地事情 -знакомствоAugust 1, 2008 25:00

ブリンチキのチェーン店「Чайная ложка チャーイナヤ・ローシュカ(ティースプーン)」のСырникиシールニックは、7月は50ルーブル(約240円)でしたが、8月になったら54ルーブル(約260円)に値上がりしていました。

チャーイナヤ・ローシュカは、サンクトペテルブルグを中心に展開しているようで(モスクワは2店舗、サンクトペテルブルグは50店舗程)、家の向いに1店、さらに近所に1店あり、重宝しています。

ブリンチキ:http://kie.blogsome.com/2007/08/11/russian-crepe/

シールニック:http://kie.blogsome.com/2006/10/28/diet-cafe/

something-愛すべきもの-любимое 25:00

お世話になっている家の猫は、新顔が珍しいようでよくすり寄って来ます。気にせずに仕事を続けていると、こういうことをします。すぐ近くまで来ているのにすり寄って来ない時もあります。一番危ないことを考えている時です。私の肩あたりをじっと見て、次の瞬間、飛びついてきて肩によじ登るのです。爪を立ててよじ登ってくるので、一時期、私の肩、背中(後ろから飛びついてくる時)、胸(前から飛びついてくる時)は、引っ掻き傷だらけになりました。こちらも慣れてくると、にゃんこがタイミングを計っている微妙な間(空気)を察するようになり、さっと飛距離以上の距離をとります。ただし、慌ただしい朝は、にゃんこの存在に気がつかないこともあり、やられるときがあります。

 

 

猫は丸くなって寝るものだと思っていました。

foods-情熱-блюдаJuly 28, 2008 25:00

さすが、港の街だな、と思いました。

左奥が、海藻マヨネーズサラダ、右手前がイカと玉ねぎのマリネサラダです。

ヴァシリエフスキー島の市場の近くにあるセルフ・サービス式のカフェでは、サラダ等の総菜が100グラムで30~40ルーブル、スープが50~60ルーブル、ピローシュキが25~45ルーブル、飲み物のカンポートが15ルーブルです。1ルーブルが約4.8円。

海藻のサラダは「Аниваアニバ」というサラダです。「アニバ」はどうもサハリン島の南に位置する街アニバ又はアニバ湾から来ているようで、お店によっては海の物を使ったサラダや料理に「アニバ」という名前を付けるようです。アニバ湾は、「サハリン2」と聞けば思い出す人も多いのではないでしょうか。

holidays-お祝い-праздникиJuly 27, 2008 25:00

 

7月の最終日曜日は海軍記念日です。

2008年は7月27日でした。

 

ガイドブックにも載っていなかったので、港街サンクトペテルブルグのお祭りかと思っていましたが、ロシア全土のお祭りでした。

 

でも、特に、ペテルブルグでは、大きいお祭りなのではなかと勝手に想像していました。

 

 

 

夏至が過ぎて、段々と日も短くなってきていますが、それでも、夜10時でもまだ日が沈んでいませんでした。

日が長いこともあり、週末の夜の通りは人が多いようですが、この日は、祝日ということもあって、特に川沿いの通りが人で溢れていました。

夏だけだとは思いますが、こちらの人は夕食後に散歩しに出ることが多いようです。

夜11時少し前から10分程、花火が上がりましたが、

まだ周囲が明るく、昼間の花火を観ているようでした。

 

 

花火は、真っ暗な中で咲くから綺麗で迫力が感じられるとは思いますが、

昼間の花火も何か幻想的で、これもまた綺麗でした。

foods-情熱-блюдаJuly 22, 2008 25:00

赤ビーツの冷製スープ(Свекольникスヴェコールニク)、つまり、冷製ボルシチです。

ウズベキスタンでは見た記憶はないのですが、ここでは、夏のスープとしてアクローシュカと並んでメニューに載っています。写真のスープは、ファミレス・チェーン店(らしい)「Ёлки Палкиヨールキ・パルキ」で150ルーブル(約700円)でした。

アクローシュカ:http://kie.blogsome.com/2007/05/14/summer-soup/

nothing-大切なもの-ничегоJuly 20, 2008 25:00

天気の良い日は、日差しも強いので25度くらいまで暖かくなります。しかし、それでも、建物の陰などはひんやりとしていて、私にはセーターが必要です。

また、日は出ていても風の冷たい日もあり、そんな日は最高気温で15度です。慌てて上着を取りに家に戻ったこともあります(家の人に、「私も今帰って来たんだけど、今日は外、暑いわね~」と言われましたが)。

雨が降ることも多く、そんな日は、気温10度に達していないと思います。朝夕の気温は言わずもがな。夏でなくとも「寒い」と評価できる気温だと思いますが、しかし、これを、ロシアの人は「涼しいわね」と表現していました。

task-自分/法律-делаJuly 18, 2008 25:00

流れ流れて、今度は、ロシアの北の都、サンクトペテルブルグに来ました。

こんな歳になって、仕事でもなく英語圏でもなく、語学から勉強しようというのは無謀ですが、この10年間いろいろとあって先延ばしにされ、やっと、実現しました。

サンクトペテルブルグは北にあるだけあって、夏の現在、日が長く、そして、とにかく寒いです。

15度の夏なんて、夏ではないようです。

また、オイル・バブルだけあって、物が高いです。

私の世界は全て食を基準としているので、ここでは食べ物が高いという意味です。地下鉄などの公共交通機関は、東京より安いです。

task-自分/法律-дела, neighbours-中央アジア-соседиJune 30, 2008 25:00

中央アジア諸国の法律は似ているのか。17年ほど前までは同じ法制にあったのだから似ていてもおかしくはないのですが、中央アジア諸国の企業法制、担保法制、倒産法制を調べていて、ちょっと引っ掛かったことが二点ありました。

一点目は、未だにCIS諸国の国会間委員会により「モデル法」が策定されていることです。

ソ連邦が崩壊し、各国が独立した直後に、民法といった市場経済に必要な基幹法律についてモデル法が策定されたことは、よく理解できます。しかし、ソ連邦崩壊から15年以上経っても、執行手続のモデル法が成立したり、企業関連のモデル法が改正されたりしています。中央アジア各国におけるモデル法の採用率・参考度ははっきりはわかりませんが、近年も、委員会メンバーでもないウズベキスタンもモデル法を参考にしていたり(モデル法を参考にしたロシア法を参考しているようにも思いますが)、カザフスタン国会があるモデル法の第一草案を起案していたりします。

二点目は、特に中央アジア諸国の法律は似てる似てると外野は指摘していますが、案外、当の本人たちは隣国の法律を意識していないように思える点です。

もう2年も前のことですが、キルギスで倒産法に関するセミナーに参加した時(http://kie.blogsome.com/2006/07/15/)、キルギスの管財人から「ウズベキスタンの倒産法ってどんな法律ですか」と質問を受け、この3月にも来日していたキルギスの司法省職員に「倒産法だって、ウズベキスタンもキルギスも似ているでしょ?」と言われました(私は、ウズベキスタンとキルギスの倒産法は似ていないと思っています)。地続きで、両国とも法令はロシア語でも出されているので、お互いの法律の概要は知っているものだと勝手に思っていたので、少し驚きました。書籍やインターネットが発達しているわけではないので、無理もないと言えば無理もないのですが、タジキスタンでも、法整備を支援しているアメリカ援助団体から、タジキスタンの立法関係者が特に近隣諸国の法律に興味があるわけではない、と聞きました。

特に足並みを揃えるつもりがない中央アジア諸国にとって、モデル法はどのような役割を果たしているのでしょうか。http://kie.blogsome.com/2007/02/19/bankruptcy-law-of-uzbekistan/

something-愛すべきもの-любимое, friends-癒し-друзьяJune 25, 2008 25:00

 

 

 

 

 

楽器を造る工房にお邪魔してきました(1年半もタシュケントに居ましたが初訪問です。)。

案内してくれた方はウズベク民族楽器のドゥタールを習っており、親方や学生さんが木を削ったり弦を張ったりして楽器を造っている横で、親方が完成させたばかりのドゥタールでいろいろな曲を引き続けていました。

ドゥタールは、全て木で造られている楽器です。

動物の皮を張っている楽器は、中国カシュガルのものとのことで、この工房でも年に数回しか作らないとか。写真は、牛の心臓の皮を張っているところです。

「(弾けもしないのに)お土産に買って帰りたい!」と思いましたが、何やら特別な許可が必要とのことで、今回は断念しました。

アジアの弦楽器の音色は、西洋のそれとはまた異なり、哀愁を帯びているというか、自分がアジア人だからなのか何か懐かしいものを感じさせます。

中国の弦楽器:http://kie.blogsome.com/2006/09/17/

something-愛すべきもの-любимое, friends-癒し-друзьяJune 24, 2008 25:00

サマルカンドの友達に会いに行った際に、一緒に、その先のシャフリサーブスにも行ってきました。シャフリサーブスは、ティムールの出身地ですが、特にシャフリサーブスの何が観たかったというわけではなく、シャフリサーブスまでは山を越えるので景色がいいのだろうということと、友達がその街の出身であることと、任期中(昨年10月まで)は私的旅行で行くことが認められていない地域だったことが、タシュケントから日帰りでシャフリサーブスまで行った理由でしょうか。

 

タシュケントからサマルカンドまで安全運転で4時間強、サマルカンドからシャフリサーブスまでは、2時間弱でした。

 

シャフリサーブスへ向かう山道では、途中、泉が湧き出ている場所があり、車を停めて水を浴びる人やペットボトルで水を持ち帰る人がいました。

 

 

 

峠から見えた街はキタKitabで、シャフリサーブスはまだその先にありました。

 

 

 

 

 


シャフリサーブスとは(確か)、「シャフリ」がタジク語で「緑の多い」、「サブス」がウズベク語で「街」を示すとのことでした。

 

シャフリサーブスとサマルカンドを比べると、サマルカンドの方が街に緑が多いと感じましたが、シャフリサーブスまでの道には、木々の多い所もありました。

 

 

 

   

 

シャフリサーブスでは、カフェでお茶をし観覧車に乗りながら、友達の子供時代の話をして帰ってきました。

大阪には、デパートビルに観覧車があり、子供連れの家族は買い物帰りにふらっと乗ると聞いたことがあったので、

友達も、子供の頃、この観覧車に飽きるほど乗ったのではないかと思っていたのですが、放課後も週末も家で家事の手伝いをし外で遊ぶことはあまりなかったとのことで、観覧車にも数回しか乗ったことがなかったそうです。

foods-情熱-блюдаJune 22, 2008 25:00

ちゃんとしたラグマンが食べたくなって再度ウズベキスタンへ、

というわけではなく、タシュケントに残してきた「モノ」の整理のために、彼の地に行ってきました。ウズベキスタンでの仕事終了後、今度はロシアに行くつもりだったので、ロシアから取りに来るつもりでタシュケントに残る友人に資料類や夏服を預けていたのですが、その後判明した事情から、今、引き取りに行かざるを得なくなりました。

タシュケントは、期待していたほどカラッとした乾燥した天候ではなく、日陰でもジンワリと汗ばむ陽気でした。

体調を崩し2日間食事をしなかったのですが、ラグマンだけは食べて帰らなければ、と、デミール・ストアからアミール・ティムール広場に向かう道の脇にあった食堂で、ラグマン(小)、カンポートと果物を。全部で1,000スム(約100円)でした。体調の方は、ラグマンを食べて、風通しのいい工房でドゥタールを聴きながら座っていたら(↑)、回復しました。

やはり、「あそこのラグマンが・・」ということで、翌日、あそこのラグマンを食べに行きました。

あそこのラグマン:http://kie.blogsome.com/2007/03/06/ 看板なくなっていましたが。

task-自分/法律-делаJune 13, 2008 25:00

遂に商業誌で、法整備支援が取り上げられました。法律雑誌Juristの2008年6月15日号「特集 アジアにおける法整備支援と日本の役割」です。多くの関係者が10年以上も法整備支援を続けてきた結果です。昨今、政府内でも「法整備支援」が話題となったり、大学でも法整備支援の講義があったりと、関心が高まっていることが感じられます。

ちょうど、上記特集の記事を執筆された方々や以前現地や国内で活動されていた裁判官等にお会いしましたが、この特集は大きな一歩ではあるものの、これまでの、また、現在の法整備支援全てを語っているわけではない、「支援の視点」という点でも語られていないことが多いとのことで、今後も、様々な場所で媒体で、様々な関係者により、日本の法整備支援が語られるようになることを期待しています。

また、Juristが、この号だけ販売部数が少なかったということにならないことを切に祈っています。

日本の法整備支援:http://kie.blogsome.com/2006/11/18/

法整備支援論: http://kie.blogsomecom/2008/01/12/

現地専門家: http://kie.blogsome.com/2008/03/26/

foods-情熱-блюдаMay 30, 2008 25:00

ロシア系ウズベキスタンの女性が、ここならロシア料理が食べられると薦めてくれた六本木のロシア料理屋「Байкал バイカル」。

やはり、はずせないのが、ボルシチ。http://kie.blogsome.com/2008/03/03/

確かに、ボルシチはトマトスープではありませんでした。ウズベキスタン2年在住の日本人の方曰く、「ビーツが少ないかな。でも、赤紫の色を出すためだけにビーツを入れて、最後に出してしまうこともあるからかな。」と。その他ペリメニ、ブリヌイ等々美味しかったです(ロシアで食べたことがないので、これが本物のロシア料理かはわかりませんが。)

別の日に、ウズベキスタンに行ったことはないけどウズベキスタンの仕事をいろいろやっていたRさんと再度訪問。

Rさん「飲み物は、このカクテルで」とメニューを指したものの、

ロシア人オーナー(?)「カクテルはロシア料理には合わない。一番はウォッカ、次はワイン。」

Rさん「・・・じゃあ、(カクテルを)メニューに載せなければいいのに。」結局、ワインを注文。

我々「サラダには、これ(ピクルスの盛り合わせ)を。」

ロシア人オーナー「これはウォッカ用のサラダ。これもこれもウォッカに合うサラダ。」

我々「・・・じゃあ、サラダ、いらないです。」

Rさん「随分、主張の強いレストランですね。」ふと、こちらが注文したいものを注文させないようにあれこれ理由をつけるタシュケントの韓国料理屋を思い出しました。http://kie.blogsome.com/2007/10/03/

ところで、このレストランは本格ロシア料理を出すために、ロシア人がよく集まるそうですが、私が行った際は、Rさんが担当していたウズベキスタンのプログラムを現地でアレンジしていたウズベク人の方、タシュケントで一緒だった商社の方、お店を薦めてくれたウズベキスタンの女性、そして、ウズベキスタン大使館の方に会い、その日はウズベク・デーでした。

Uncategorized, friends-癒し-друзьяMay 16, 2008 25:00

以前にも触れましたが、ウズベキスタン在住の日本人は、多くがJICA関係者で、その他、大使館、一般企業、教育機関で働く方々ですが(http://kie.blogsome.com/2007/05/20/)、ウズベク語聖書を作るために滞在されていた方(http://kie.blogsome.com/2007/01/31/)や、芸術活動の一環として滞在されている方もいます。

 

その一人が、漆職人。ウズベク人の職人徒弟制度に疲れたり、何の後ろ盾もなく滞在しているために身柄拘束こそはなかったものの不法滞在扱いを受けたり、身を持って「ウズベキスタン」を感じていたようです。活動ですが、聞けば、ウズベキスタンは漆の原料は採れないそうで、木の作品を創作されています。上の写真は、「胡桃を潰すための器」です(潰した胡桃と言えば、サワークリームと潰した胡桃を、赤ビーツの千切りにかけて食べるサラダが好きでした。)。

本人は、今年8月に3年の修行(?)を終え帰国しますが、写真の器は一足先に日本に帰ってきています。

朝日現代クラフト展(中村真http://www.asahi-web.net/craft/):阪急百貨店大阪うめだ本店(2008年5月21日から27日)、横浜都築阪急(2008年6月4日から10日)

neighbours-中央アジア-соседиMay 2, 2008 25:00

企業法制について「中央アジア諸国で問題になっていること」を調べていて、「中央アジア諸国」というマジック・ワード(?)に引っ掛かりました。調べ物の対象国は、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタンですが、これらの国の共通点といえば、昔、ソ連邦を構成し、今、どの国も、自国の独立性・独自性を確立しようとしているということでしょうか。そのため、政治も経済も、法律もバラバラになりつつあるように思います。

よく、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンを「中央アジア諸国」と括ってしまいますが、彼の国の人たちはどう考えているのでしょうか。ウズベキスタンは自分が中心という意識から(「中央アジアの盟主」)、この5ヶ国を「中央アジア諸国」とし、自国も中央アジア諸国と考えているかもしれません(「ウズベク」の意味も「自分が君主」という意味だとか。)。気になるのはカザフスタンです。

カザフスタンの国境の北半分はロシアに接しています。人種的には、カザフ人は、キルギス人と親戚で、また、ロシア人よりはウズベク人に近いとは思います。では、ペルシャ系のタジク人につき、モンゴル度の強いトルコ系のカザフ人は、どの程度「仲間意識」があるのでしょうか。一方で、カザフスタンは、オイル・バブルで「中央アジア諸国」の中では経済的に突出し、ロシア、カザフスタン、ウクライナあたりの括りを考えていないのだろうか、と興味があります。

さらに、「中央アジア諸国」について引っ掛かったのは、とある冊子に「中央アジアにあり、・・・たアフガニスタン」というフレーズを見つけたときです。確かに、アフガニスタンは、タジキスタン、ウズベキスタンとトルクメニスタンの南に隣接し、地域を少し広げれば、アフガニスタンも中央アジア諸国かもしれません。アフタにスタンは、ソ連邦を構成することはありませんでしたが、タジク人とアフガン人(パシュトゥーン人)はお互いの言葉がわかるほど人種的・言語的にも近く、また、アフガニスタンには、タジク人もウズベク人も住んでいます。

ということで、「中央アジア諸国」とは。

ところで、ウズベキスタンの仕事をしていたと話すと、「ああ「スタン」の国!」という反応が返ってくることがあります。国名に「スタン」がつくのは、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン(現在の正式国名はキルギス共和国)、タジキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタンです。「スタン」とは、ペルシャ語から来たトルコ語で、地方という意味で、「**人の地」というように、カザフスタンは、「カザフ人の地」ということになるそうです。実際に住んでいるのは、カザフ人だけではありませんが。ただし、パキスタンは、別に「パク人の地」というわけではなく、造語とのことです。そうなると、パキスタン以外は、アフガニスタンも含めて、一つの地域なのでしょうか。

foods-情熱-блюдаApril 6, 2008 25:00

ソウルのCISコミュニティにあるウズベク・カフェ「サマルカンド」。

サマルカンド出身のウズベク人が経営しているウズベク料理のお店です。

東アジア系の二人が、メニューをみながら、プロフだ、シャシリクだ、騒いでいたら、お店の人に、怪訝そうに「どこの人?」と聞かれました。

店の中には、サマルカンドのレギスタン広場の大きな写真が飾ってあり、ロシアのテレビが流れていました。

注文したのは、緑茶(「あの」容器で出てきました)、アチュチュク、サモサ(2,000ウォン、約200円)、ラグマン(5,000ウォン、約500円)です。

 


ラグマンは、ウズベク料理によく使われる香草が入っていない点が、少し物足りなく感じましたが、それでも、「ラグマン」でした。

この他にも、プロフ、ボルシチ、ショルパ、シャシリク等々、ウズベキスタンのカフェにあるものが一通りそろっていました。

キムチは出てきませんでした。

friends-癒し-друзья, neighbours-中央アジア-соседи 25:00

ウズベキスタンには多くのコリアン(朝鮮系・韓国系)の人々が住んでいますが、実は、韓国にも多くのウズベキスタンの人々が住んでいます。ウズベキスタンの人にとって、韓国は、ロシアに次ぐ出稼ぎ先だそうです。

ソウルに留学中の朝鮮系ウズベキスタン人の友人が、CIS諸国から来た人が集まる一角に連れて行ってくれました。東大門のそばです。

ロシア語の看板があったり、すれ違う人がウズベク語を話していたり、少し変わった場所でした。

ウズベキスタンの中のコリア:http://kie.blogsome.com/2008/01/12/

ウズベク・コミュニティがあるのかと質問したら、彼女は「CISのコミュニティ」だと答えました。

彼女の口からは、「ウズベキスタン」と同じくらい「CIS」という言葉が出てきます。

彼女は、ソ連に生まれ、人生の半分以上をソ連で過ごしてきていたので、ウズベキスタンという以上に、ソ連・CISの人間という意識が強いそうです(コリアンという感覚は全くないとのこと。)。

ロシアや中央アジアから来た人たちと子供のころの話をすると、大体、皆、似たような体制の中で似たような生活をしていたので(共産党の少年団)、共通話題が多く、一体感を感じると話していました。

ところで、地下鉄で移動している際、彼女が、「韓国の地下鉄の乗客って、電車の入口で二列に並んで待っているのよ!ものすごく驚いたの。」とこれは変!といった勢いで話してきました。「私は、ウズベキスタンで、誰も並んで待っていないのに驚いたよ。」と応えました。

韓国に行った主目的は、こちら:http://kieosaka.blogsome.com/2008/04/05/