foods-情熱-блюда, sweets-至福-сладостиJanuary 4, 2011 25:00

前菜はZacuscă(ザクスカ)」で、トマトやナスといった野菜を煮込んだものです。ロシアの「イクラ」です(ちなみに、ザクスカという言葉自体が前菜を意味するように思います。ロシア語では、前菜メニューは「ザクースカ」です)。

メインは再びサルマーレでした。

ママリーガが美味しくて、シメに、たっぷりのスムントゥナと塩の強いチーズをかけてママリーガだけをいただきました(アディさんは、随分沢山食べるなあと思って見ていたそうです)。

夕食後に、コーヒーと、昼に焼いていたお菓子を三つもいただきました。言うまでもなくこの日だけで太りました。

drink-潤い-напиток, sweets-至福-сладости 25:00

散歩後、少し昼寝をし、また台所に降りて行きました(呼ばれもしていませんが)。

今度は、お菓子作りを見ながら、おやつの時間です。

ふかしたカボチャにアカシアの蜂蜜をつけていただきました。

飲み物は、ホットワインです。

ケーキの生地にレモンの皮を摩り下ろしています。自分の家で、無農薬で作るからできるんだよなあ、と思って見ていました。

夕食のデザートとして食べた時、このレモンが、味を引き締めて、美味しいかったです。

something-愛すべきもの-любимое 25:00

昼食後は、馬のカリーナのお散歩を見た後、村を見渡せる丘に登りました。

foods-情熱-блюда, soup-まずスープ-суп, sweets-至福-сладости 25:00


本日のランチの前菜は、お正月のお料理「Piftie(ピフティーナ)」です。

これも煮凝り料理です。

ホースラディッシュと一緒にいただきましたが、マスタードでも美味しいと思いました。 


一皿目(スープ)はチョルバ(Ciorbă)です。

スパとは異なり、確かに、酸味が利いています。

アディさんによれば(アディさんの好みでは)、トウガラシも一緒に食べるとのことで、トウガラシもいただきました。酸っぱいスープに、辛いトウガラシ。

ワラキア地方では最後にサワークリームを入れるとか。

要は、いろいろな食べ方があるということのようです。 



二皿目(メイン)は、午前中に調理し(ているところを見てい)たたサルマーレです。口に入れると「とろけ」ます。

つけ合わせは、Mămăligă(ママリーガ)です。ママリーガは、トウモロコシ粉に、バター、チーズ、Smântână(スムントゥナ)というサワークリーム(ロシアで言うところのスメタナ)を練り込んで作ります。私の食べっぷりを見て、ガイドのアディさんが、日本人の中にはあまり好きになれないという人もいるのに、と話していました。


デザートは、Coznac(コズナック)というルーマニアの伝統的なお祝い用菓子でした。たっぷりと牛乳を入れたコーヒーと一緒に。

 


foods-情熱-блюда, drink-潤い-напиток 25:00

散歩から戻ってきて台所に直行し、「Telemea(テレミア)」チーズを食べつつ、「ţuicăツイカ)」というお酒をいただきつつ、チーズ作りの続きを見ていました。

テレミアは、トランシルヴァニアのチーズで、作るのに大量の牛乳が必要なため夏に作るそうです。塩が強いです。

ツイカは、プラムの蒸留酒で、食前酒として出てくるとのこと。通常は、36度くらいですが、トランシルヴァニア地方のものは50度や64度の強さだとか。

別のチーズもでてきました(右下の写真)。「Brânza(ブリンザ)?」と聞くと「ダー」と。テレミアとブリンザの区別は難しいです。見た目も味も。

チーズ作り:http://kie.blogsome.com/2011/01/04/romanian-cheese/

ブリンザ:http://kie.blogsome.com/2009/07/20/p408/

nothing-大切なもの-ничего 25:00


サルマーレを煮込んでいる間、宿の隣にあるガラス・イコン博物館に行ってきました。

ガラス・イコンは、もちろん有名な職人さんもいるようですが、特別な作家が作るというよりは、一般の農民がこつこつと作ってきたもののようです。

foods-情熱-блюда 25:00

一応「料理体験ツアー」なので食べるだけではなく、ルーマニア風ロールキャベツと言われている「Sărmăluţeサルマーレ)」作りにも参加しました。

そのままそっくり、ガイドのアディさんに言われ(食べてばかりではなく試してみたら、と)。

といっても、結局、ほとんど横で見ているだけでしたが。


キャベツを葉と芯に分け、芯を切っていきます。

葉で具を包み、芯は刻んで、サルマーレと一緒に煮込みます。

キャベツは酢漬けのキャベツを使いましたが、夏には生のキャベツで作ることもあるようです。

こちらのペンションでは夏に大量のキャベツを酢漬けにして保存してあります。



サルマーレの具です。

写真は作り置きのものです。何を入れて作のか聞いたものの失念。

脂身が多いような気もしますが、深くは考えないようにします。

お肉を断つポストの時期は、肉ではなく、キノコ、カボチャ、玉ねぎとお米で作るそうです。 

ホテル勤務で現在休暇で戻ってきているという娘さんもサルマーレ巻きに参加。

私が1つを巻いている間に、くるくるくるっと2つくらいを完成させてしまいます。 

欲張って、具を沢山巻こうとしてはいけないようです。

キャベツの葉がなくなる頃に具もなくなりました。

  

ここに刻んだキャベツを敷き詰めサルマーレも並べていきます。

水で茹でるだけといいますが、このソースが決め手のように思います(作り方不明。香草やニンニクが入っていました)。

トマト・ペースト、生トマトまたはトマト・ジュースを加えて煮込んでも美味しいとのこと。

ロシアでロールキャベツ(作ったのはアルメニア人):http://kie.blogsome.com/2009/07/31/stuffed-cabbage-rolls/

foods-情熱-блюда 25:00

朝食後、少し寝てから、チーズ作りを見学しました。

このペンションでは手作りチーズも売っています。

今朝絞った牛乳に、子羊の胃から取った「クラスタ」という凝乳酵素を入れて、しばらく置いておきます。

時々、かき混ぜます。

少しずつ塊が出てくるので、塊と水分(乳清)を分離させます。

何か食べ物を取りに台所に入って来た息子さんが「あ、はいはい、濾すのね」という感じで、チーズ作りに手を貸していました。

これを見て、この家ではチーズ作りが日常なんだと感じました。

この固形物が「Caş(カシュ)」で(写真のものは数日前に作ったものです)、ここから黄色いチーズ「Caşcaval(カシュカヴァル)」を作ります。

カシュ自体は塩気がなくお豆腐のようです。

このカシュを塩水に入れて練り込んでいきます。以前に作ったカシュカヴァルをいただきました。

一方、乳清からも別のチーズができます。「Urdă(ウルダ)」と言って、リコッタ・チーズのようでした。

foods-情熱-блюда 25:00

朝食に、まず、草花のお茶を一杯。身体が温まります。

そして、先ほど絞ったミルクを飲みながら、パンにたっぷりのバターとプラム・ジャムを塗ったパンをいただきました。

翌日の朝食ではサワーチェリー・ジャムが出てきました。

もちろん、バターもジャムも手作りです。

これまた先ほどとってきた卵で作ったオムレツと、チーズやサラミ等もでてきました。


下の写真の真中のベーコンのようなものは、「Slănină(スラニーナ)」という豚の脂身です。そう、ロシアでもお馴染みのサーラです。

食後には、コーヒーをいただきました。

いや、本当に美味しかったです。

 

サーラ:http://kie.blogsome.com/2009/01/06/pork-fat/

something-愛すべきもの-любимое 25:00

朝のお勤め「牛乳絞り」についていきました。

ペンションでは、牛、馬、豚、鶏、羊を飼っています。裏の敷地一帯は畑で、食べ物もここで作っています。食べ物の味が良いのも道理です。


一匹だけ好奇心が旺盛な羊がいました。

羊たちも朝食の時間なので、小屋からだされて食事場へ。

foods-情熱-блюда, holidays-お祝い-праздники, drink-潤い-напиток, soup-まずスープ-суп, sweets-至福-сладостиJanuary 3, 2011 25:00


待ちに待ったお夕食です。

まず、サラダ「Salata biof (ビーフ?サラダ)」から。ポテトサラダのようですが、マヨネーズでこのように飾り付ける祝祭用のサラダです。

右の写真にちらりと見える飲み物は、「Vişinată(ヴィシナータ)」というサワーチェリーのお酒です。

次は、前菜です。左手前は「Tobă(トバ)」と呼ばれる煮凝りのようなものです。ハラジェッツに似ています。右側に盛られているのは「Caltaboşi(カルタボシ)」といい、豚の心臓、肝臓といった内臓から作られている黒ソーセージです。


そして、スープは鶏がらの「Supă(スパ)」です。良い鶏だと、ちゃんとスープが黄色になるとか。スパは透明のスープのことで、「チョルバ」とは別の物だそうです。具は「Gălşti(ガルシュティ)」 という小麦の塊です。


メインは、マッシュ・ポテトに、また、肉です。わかりにくいですが、真ん中の黒い物体が豚の角煮のようなもので、コスティッツァという響きでした。正確な名前を確認できず。

デザートには、焼き菓子と、シナモンとリンゴ入りのホット・ワインをいただき、大満足です。どの料理も味よし。

nothing-大切なもの-ничего 25:00

目的地のシビエル村(Sibiel)は、シビウから車で30分程北西に行ったところにあります。

小さい村ですが、ガラス・イコン美術館が有名な観光地です(夏は)。

ペンションが30以上もあり、その一つ、街の目印の教会(敷地内にイコン美術館あり)の向かいのペンションが宿を開けてくれました。


4時半頃に村に到着し、大分暗くなっていましたが、7時の夕食まで散歩に出かけました。

村の至る所にある井戸は、現役です。もう飾りになっているのかと思ったら、使っている人が何人もいました。

適当に歩いていたら道がわからなくなってしまいましたが、遠くに目印の教会が見えて助かりました。宿に戻ってきてから夕食まで、部屋でうたた寝していました。

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

オルト川に沿ってカルパチア山脈に入っていきます。

ブカレストもその先の山中も雪に包まれていたのに、何故か、ここは雪がなく川も凍っていませんでした。温泉があるからでしょうか。

車で二時間ほど行くと再び一帯が雪景色になりました。


旧市街が世界遺産に指定されている街シビウ(Sibiu)に少しだけ立ち寄りました。

通常、トランシルヴァニア地方の旅では目玉となる観光ポイントですが、今回の旅の目的はあくまで「ルーマニア料理」なので、ささっと街を歩いて終了です。

外を見張る屋根裏の窓が、なんだか目のように見えると思ったら、まさに、「Sibiu Eyes」と言うそうです。

foods-情熱-блюда, soup-まずスープ-суп 25:00

「ルーマニア、食の旅」第一弾です。

脂を脂で巻いて焼いた「Muschiulet umplut Sărbesc」です。

正確には、チーズの入った豚肉をベーコンで巻いて焼いたものです。お皿に収まっていません。

あっさりした酢漬けのキャベツが良く合います。

これがないと食べられないという気もします(シャシリクと必ず一緒に出てくるスライス・ネギの役目です)。

出てきた時、「うゎ、きたーっ」と心の中で叫んでしまいました。

ルーマニアのスープ「チョルバ」です(鶏のチョルバで「ciorbă de pui」)。

「チョルバ」は一般的には酸味のあるスープですが、トランシルヴァニア地方のものは甘めだとか。

中央アジアのスープ「ショルパ」や「シュルパ」と似た名前なので、何か繋がりがあるのでしょうか。

これらは、カルパチア山脈南部の温泉地カチュラタ(Căciulata)でいただきました。ルーマニア料理レストランだったはずが、セルビア料理レストランになってしまっており、メニューの中からルーマニア料理にもあるものを選んでもらいました。

オルト川(Olt)沿いの修道院で、腹ごなしに少し散歩しました(下の写真)。ドラキュラ伯爵のモデルといわれるドラクル公のお祖父さんが、14世紀に建てた修道院です。

foods-情熱-блюда, nothing-大切なもの-ничегоJanuary 2, 2011 25:00

正直、料理が得意なわけでも好きなわけでもありませんが、正月休みに「ルーマニア料理体験ツアー」を申し込みました。

ツアーと言ってもこんな時期にこのようなツアーに参加する人もなく、宿も営業しているわけがありません。運良く受け入れてくれるペンションが見つかり、現地発着「ルーマニア、食べて寝るだけの旅」(参加者一名、ドライバー兼ガイド一名)に行ってきました(帰りは鉄道でモルドヴァに抜けて、そこから飛行機でモスクワに)。

ルーマニアについての知識は乏しくはありましたが、1989年、チャウシェスク大統領の公開処刑の映像は今でも鮮明に覚えており、その後、チャウシェスク政権が倒れたものの、その影響はエイズ孤児問題としてルーマニアを苦しめているというテレビ番組も記憶に残っていました。一方、公開処刑映像を見てから数年後、トランシルヴァニア地方の写真展でルーマニアのイメージが少し変わりました。全て白黒のトランシルヴァニア地方の農村の写真からは裕福とは感じられないものの、共産主義の暗いイメージはなく、トランシルヴァニア地方に行ってみたいと思うようになりました。

トランシルヴァニア地方の旅情報をインターネットで集めていたら、料理体験ツアーを見つけてしまい、料理をしたいわけではないけど、ルーマニア料理ツアーならルーマニア料理を食べることは間違いないと即決しました。トランシルヴァニア地方の世界遺産の街にも行って北の世界遺産も観に行くには時間と飛行機の便が・・と悩んでいましたが、世界遺産はまた今度ということで。

1月2日:夜、ルーマニアの首都ブカレスト着
1月3日:朝、トランシルヴァニア地方の村へ出発(途中、寄り道)
     夕方、シビル村に到着
1月4日:終日、食べて寝て散歩する、を繰り返す(料理ツアーのはずだったけど)
1月5日:朝、シビル村を出発(途中、寄り道)、夜、ブカレスト到着
1月6日:ルーマニア料理を探してブカレストを歩きまわる
     夜、寝台列車で隣国モルドバに移動
1月7日:早朝、モルドバの首都キシナウ到着
     夕方、モスクワに戻る

エクザクト・ツアー:http://www.exact-tours.com/tour.html

transport-交通-транспортDecember 26, 2010 25:00

アルメニアにどう行くか。CIS圏内の飛行機移動は、実はあまり好きではありません。

飛行機事故ニュースを頻繁にみるわけではありませんが、「危ない」というイメージがあります。単なるイメージだけでは安全度はわからないので、とりあえず、ネットの情報を確認しています。もっとも、大体、イメージ通りです。

手元にある2007年ニューズウィークの安全度ランキングは古い情報ですが参考までに確認することもあります。

欧州委員会はEU圏内飛行禁止の航空会社リストを発表しています。

http://ec.europa.eu/transport/air-ban/list_en.htm

こちらでは、航空会社毎の過去の事故を検索することができます。

http://aviation-safety.net/database/operator/

詳細もあくまで参考です。EU圏内の飛行が禁止されているか否かも記載されています。一時期毎月のように乗っていたウズベキスタン航空については、2000年代に入ってからいくつかの事故が記録されています。一方、ウズベキスタンに居た時に搭乗禁止とされていたタジキスタン航空については、2000年代に事故が記録されていません。落ちる前にそもそも飛ばなかったり、飛びたったものの不具合が発見され数時間上空を飛んで燃料を使いきってから戻って来るかどこかに緊急着陸するということが多いので、「事故」の記録は少ないのかもしれません。

事故記録ではなく驚いたのは、ロシアの航空会社の数です。問題がある航空会社がこんなに沢山あるのかと思う以上に、そもそも、こんなに沢山の航空会社があるのかと驚きました。そんなに簡単に飛行機を飛ばせるのでしょうか。

カザフスタンの航空会社が多いのも意外でした。機内食が好きだったエア・アスタナ航空や、タジキスタンのドゥシャンベからアルマティに行く際に乗っていたSCATもEU圏内飛行禁止航空会社です。 

さて、アルメニアに行くには、ロシアの航空会社アエロフロートやS7、そしてアルメニアの航空会社Armavia(RNV)があります。アルマヴィア航空はEU圏内飛行禁止リストには含まれていません。ただ、2007年ニューズウィークの安全度ランキングが気になりました。

当時、300社中、トルクメニスタン航空は第251位、アエロフロート航空は第269位、ウズベキスタン航空は第279位、あのタジキスタン航空は第293位。そして、アルマヴィア航空は、なんと、タジキスタン航空より下の第 294位です。アフガニスタン航空(300位)、モンゴル航空(299位)やアゼルバイジャン航空(296位)よりは安全ではないかという超楽観的な考え方もありますが、アエロフロートで行くことにしました。

しかし、航空会社選びにこんなにも迷ったものの、結局、アルマヴィア航空に乗ることになりました・・。ほぼ満席でした。機内食はまあ良し(上の写真)。帰りはアエロフロートをとり直しましたが(下の写真)、アルメニア発のアルマヴィア航空便の機内食を食べてみたかったです。

アルマヴィアで飛んだ理由は:http://kie.blogsome.com/2010/12/25/discover-yelevan/

CIS圏内空の旅(の機内食):http://kieosaka.blogsome.com/2009/12/01/in-flight-meals/

 

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

アルメニアのヴィザはエレヴァンの空港で取得できると言われていますが、念のため、オンラインで予めE-Visaを取得しました。21日間ヴィザで15米ドルでした(クレジット・カード払い、1週間程で取得)。

紙のヴィザのような図を印刷して見せるだけなので、パスポートには記録されません。入国スタンプと一緒に手書きでヴィザ番号が記載されます。

ドモジェドヴォ空港でエレヴァン行きの航空券を購入した際に、窓口の人がパスポートを確認してアルメニア・ヴィザがなかったので販売できないと言ってきました。出発時刻も迫っていたのでE-Visaを見せずに、エレヴァン空港で取得すると答えたら、空港ではヴィザは取得できないと言われました。このままでは航空券を売ってくれないと思ったので、E-Vasaを見せて発券してもらいました。

エレヴァンの空港のパスポート・コントロールの向かいには、ヴィザ発行窓口があり窓口に人もいました。

CIS諸国のビザ:http://kie.blogsome.com/2008/11/02/visa-to-cis-countries/ 

discovery-現地事情 -знакомство 25:00

いつものことながら、出発が遅れるとも何ともアナウンスがなく、数時間空港で待ちました。

この日は、ちょうど友人がシベリアからドモジェドヴォ空港に着き、夜にモスクワで会う約束をしていたので、飛行機の遅れが気になっていました。

しかし、友人からドモジェドヴォ空港周辺地域が停電になり、荷物が出てこず空港も閉鎖されたとの連絡を受けました。

私の便は、シェレメチェヴォ空港着でしたが、ドモジェドヴォ空港に着陸する予定だった便がシェレメチェヴォ空港やその他のモスクワの空港に振り分けられ、どの空港も混乱していたようです。

この地方は、正月も停電が続いていました。

行きの便で乗客全員に配られた携帯電話会社「MTS」の宣伝カードです。

入国手続きが終わったところにカウンターが出されており、人だかりが出来ていました。

無料ならいただくだけいただいておこうかとも思いましたが、急いでいたので辞めました。

タジキスタンのビーラインを思い出しました。

タジキスタンのビーライン:http://kie.blogsome.com/2010/02/21/visa-of-belarussia/

急いでいた理由:http://kie.blogsome.com/2010/12/25/discover-yelevan/

 

手持ちのドラムを使い切ろうとチョコレートを買ったら、何やら日本語の説明が。

オランダから日本に輸入したお菓子がここまで来たのでしょうか。

高かったけど、美味しかったので良しとします。

something-愛すべきもの-любимоеDecember 25, 2010 25:00

体調が一向に回復せず、バス・ターミナルまで歩く体力がなかったので、道端でタクシーを拾ってアルメニア正教の総本山だというエチミアジンへ行ってきました。

タクシーの運転手は、日本人がわざわざアルメニア人の心の拠り所に行くのかとえらく関心していました(もっとも、ガイドブックを見る限り沢山の日本人が訪れているような気がします)。

どうせ中心へ戻るんだろ、ということで、何故か運転手さんが教会を案内してくれました。

アルメニアのクリスマスは1月7日です。

しかし、12月25日の本日も、教会内では洗礼式や神学生の入学式(?)のような儀式が行われていました。

観光客はいないようで、運転手さんを含め周囲の人は、しきりに胸で十字を切っていました。

私は隅っこに立って、30分程、ただただ讃美歌や司祭さんの朗読を聞いていました。

キリスト教を国教とした世界で初めての国、アルメニア。

それは301年。その歴史の重さをみせつけられたような時間でした。

余韻に浸りながら外に出てきたら、紀元4世紀頃から変わらないであろう黒装束に身を包んだ司祭さんが、忙しそうに携帯電話で話しをしているのを見て、現実に引き戻されました。

左の写真、手前に電話中の司祭さんがいます。

ちなみに、行って帰ってきてのタクシーのお値段は2100ドラム(約840円)でした。

sweets-至福-сладости 25:00

アルメニアのお菓子と言えば、パフラヴァやガタがあげられますが、エレヴァンでは、それ以外のものを見つけようと思っていました。食と言えば市場、ということで中央市場に行ってきました。

吊ってある物体は、スジュッフまたはスジュック(суджух, soudjouk)と言い、胡桃を桑の蜜や葡萄の蜜でコーティングしているものです。一本500ドラム(約200円)でした。肉でできた物もあり、特に甘いスジュッフはチュチュヘラ(чурчхела, churchkhela)と言い、トルコやギリシャにもあるようです。

パフラヴァ:http://kie.blogsome.com/2010/02/28/pakhlava/

ガタ:http://kie.blogsome.com/2010/04/04/armenian-sweets/

こちらは、胡桃と蜂蜜の餡をラヴァッシュで巻いたものです。ここで言う「ラヴァッシュ」とは、下の写真参照。

ゲハルド修道院の前で発見したのは「ラヴァッシュ」という名のデザート(?)です。

「ラヴァッシュ」は薄いパンだと思っていましたが、おそらく、ここらの地域で薄い皮といったものを指す言葉でしょうか。

結構固いものの、千切ることは簡単にできます。口に含むと薄い段ボール紙を齧っているようです。

杏とサクランボのラヴァッシュを買いました。

甘酸っぱい味は、グーですが、この歯応えが今一です。一枚(?)、500ドラム(約200円)でした。

ラヴァッシュ:http://kie.blogsome.com/2010/12/24/lavash-with-herbs/


トマトです。

こちらも500ドラムでした。

「もしかしてぼられている?」と心の中で呟きつつ、言い値で買ってしまいました。

外側はトマトの酸味が、中の餡は胡桃と蜂蜜で甘味があり、この甘酸っぱさが意外に良かったです。

アルメニア固有ではありませんが、食べたくなったので買いました。

干し柿4つで1000ドラム(約400円)でした。

日本の干し柿に劣りません。むしろ、こちらのものの方が肉厚で美味しいような気がします。

モスクワでも、お茶受けに時々購入します。

foods-情熱-блюда, drink-潤い-напиток, bread-パン類-хлеб 25:00

中心からは少し離れていると思われる、ハチャプリのお店。場所については、中心地ではないということ以外、わかりません。

一番シンプルなハチャプリ(150ドラム、約60円)と、アルメニア・ピザと言われることもある「ラフマジョ」(200ドラム、約80円)、飲み物にアクローシュカをいただきました(この後、そのままジンギャロ・ハツ専門店へ)。

ラフマジョは、トルコのピザ「ラフマージュン」です。

ジンギャロ・ハツ専門店:http://kie.blogsome.com/2010/12/24/lavash-with-herbs/

ドリンク・アクローシュカ:http://kie.blogsome.com/2007/04/14/sour-milk/


街ではハチャプリのカフェを見かけました。

ハチャプリ:http://kie.blogsome.com/2009/10/12/khachapuri/

こちらは、本当にピザのチェーン店でした。

nothing-大切なもの-ничего 25:00

当初の予定では、シェレメチェヴォ空港11時5分発のアエロフロート便に乗り、昼にエレヴァンに到着して、プラプラと街の中心地に向かうはずが、目が覚めたのが9時45分でした。空港まで1時間以上。もう間に合いません。とりあえず、エレヴァン行きの便数が多いドモジェドヴォ空港に向かいました。幸い、空港に到着してすぐ搭乗できるアルマヴィア航空便に空席があり、16時頃、エレヴァンに到着しました。すでに日が暮れかかっており、マルシュルート乗り場を見つけて(ただの駐車場ですが)、慌てて「市の中心に行くか」とだけ確かめてマルシュルートに飛び乗りました。

乗り降りする周りの乗客に「市の中心」はまだかと何度確かめても、皆が、もう「市の中心」だと答えます。「市の中心」に行けば徒歩で回りきれる規模の街だと見縊っていました。親切な看護女学生が、マルシュルートを乗り換える必要があるからと、一緒に降りて、私が乗るべきマルシュルートを見つけ、運転手に私が降りるべき場所を伝えてくれました。

飛行機の中で横のおじさんに教わったアルメニア語のありがとう「シュノラカルチュン」を、空港を出てからホテルに着くまでの間に何回、いや何十回、口にしたでしょうか。街の中心広場に着いた時は、すっかり夜になっていました。

ラテン文字で書かれていて助かります。

ちなみに、後ろのビルの上に大きい看板を出しているのはSumsongです。

街にも直販店がありました。おもわず一枚パチリ(右の写真)。


サンリオ・ショップまでありました。

正規のものかは不明です。

覗いただけで店には入りませんでした。


週末の青空市ないしガラクタ市か。

こういった市でいつも思うことは、「本当に買う人がいるのか!?」です。特に、埃をかぶった部品の数々。モスクワで、電気系統に問題が起きて修理屋さんを呼んだら、ソ連時代の物が使われていた部分があり、危ないから捨てろ、と言われました。

公園では絵も売られていました(下の写真)。

街の西の高台にあるパラジャーノフ博物館です。

住所を頼りに探しましたが、中心を外れると、通りの名前がアルメニア語表記のみになるので、困ります。

一般的に、「ソ連」=「暗い」というイメージが強いように感じますが、絵画といい映画といい、意外に思うことが多いです。

下の写真は、高台からの眺めです。

エレヴァンの目抜き通りマシュトツ大通りを南東に進むと、その突き当りの小高い丘に古文書保管所(マテナダラン)があります。

体調不良の身にはこの道がとても長く感じました。

コミタス展が行われており、外にもコミタスの写真パネルが並べられていました。コミタスは、神父であり、作曲家であり、歌い手でもあり、アルメニア音楽の父と呼ばれています。ただ、単なる音楽家ではなく、その人生には20世紀初頭のアルメニアの歴史が濃く反映され、それ故映画「コミタス」ができたと思います。

ちなみに、コミタスって、下の名前はなんだろうと思っていたら、コミタスとは教会から与えられた名前で、本名は、ソゴモン・ゲヴォルコヴィッチ・ソゴモニャンでした(名・父称・氏)。


美術館等の観光地で「USAID」の表示をよく見かけました。。写真は、ガルニ神殿のある公園で撮影したものです。

United States Agency for International Developmentというアメリカ政府の国際開発庁です。開発援助の仕事をするまでは全く知らない団体でしたが、世界銀行(WB, CIF)、欧州復興開発銀行(EBRD)、ドイツ政府の開発援助組織(GTZ)といった援助団体と同様、よく聞く団体です。ウズベキスタン政府とアメリカ政府の政治的関係のため、ウズベキスタンでのUSAIDの活動は非常に限られていましたが、他の中央アジア諸国では比較的活発に活動していました。ウズベキスタン人の友人もタシュケントのUSAIDで働いていましたが、ウズベキスタンでの活動縮小に伴い、キルギスに異動になりました。

援助の際にどこまでこのようなアピールをするのか。ウズベキスタンで注釈書作成中に、地元の銀行や大学の方々と話しをした際、「結局は現状を知らないガイコクジンが作った本でしょ」というような誤解を感じたこともあり、特に外国の書籍(思想)に敏感なウズベキスタンで手に取ってもらえないと困るので、注釈書表紙からは「外国」色を一切排除しました。結果、良かったとは思っていますが、エレヴァンでこれでもかというくらいUSAIDの看板を見せられて、確かに、アメリカの存在を感じました。もっとも、「USAID」の表示を意識する観光客は多くはないでしょうし、何の団体かは理解しないとは思いますが。

transport-交通-транспорт 25:00

地下鉄と言えば「M」が目印と思い込んでいたため、中々、地下鉄が見つかりませんでした。アルメニアの文字はさっぱりわかりません。ここのジェトンはオレンジです。


ペテルブルグのジェトン:http://kie.blogsome.com/2008/08/15/metro-in-stpetersbourg/

タシュケントのジェトン:http://kie.blogsome.com/2006/08/12/metro/

ミンスクのジェトン:http://kie.blogsome.com/2009/12/27/metro-in-minsk/

soup-まずスープ-супDecember 24, 2010 25:00

ヨーグルトベースのスープ「Спас(Spas、スパス)」です(到着した夜にホテルで1500ドラム、約600円)。コリアンダーたっぷりで、さすが、アルメニアのスープと思いました。

ヨーグルト・スープというのでアクローシュカのような冷たいスープかと思いましたが、暖かいスープです。ヨーグルトと言っても、正確には、Мацун(Matsun、マツン)という乳製品で、日本語ではカスピ海ヨーグルト言うようです。

ところで、南のアルメニアは暖かいと思っていたら、予想以上に寒く、また、非常に寒いという地域でないため室内の暖房が弱く、初日に風邪を引きました。

こちらのスープは「Эчмиадзинский бозбаш(Echmiadjin bozbash、エチミアジン・ボズバッシュ)」です(レストランで1300ドラム、約520円。アルメニア文字が理解できずレストラン名は不明です。「Afrikyans Family」か。)。

ボズバッシュは、羊ブイヨンの豆スープです。コーカサスのスープですが、中身は中央アジアのシュルパ(もしくはモハラか)と同じように思いました。

アルメニアのサラダをくださいとお願いして出てきたサラダは、レバノン料理としてよく見られるタブレ・サラダでした。メニューの標記もそのまま「Табуле(Taboule、タブレ)」です。

タブレは、ブルガーやクスクスといった小麦で作るようですが、モスクワに戻ってきてから見た目が似ている(と思った)キビで作ってみたところ、もしかしたら、アルメニアのタブレもキビで作られていたのではないかと思いました(私の舌は当てにならないので、キビではなかった可能性も高いです)。

お茶はやはりハーブ・ティーでした。

アクローシュカ:http://kie.blogsome.com/2007/05/14/summer-soup/

シュルパ:http://kie.blogsome.com/2010/09/26/cannel/

モハラ:http://kie.blogsome.com/2006/12/18/shurpa-and-mokhora/

キビ:http://kie.blogsome.com/2010/03/20/kibi/

アルメニアのお茶:http://kie.blogsome.com/2010/12/24/tea-in-armenia/

foods-情熱-блюда 25:00

宿泊ホテルの近くにあった高級レストラン「Dolmama」。他のアルメニア料理屋も探しましたが、上手く見つけられず、クレジット・カード払いを覚悟して入店しました。

ドルマ7個は1人には多いなあと思ったところ、野菜のドルマ「サマー・ドルマ」がありますよと薦められました。葡萄の葉に包まれたお肉のドルマも捨てがたいと悩んでいたら、ドルマを半分、「サマー・ドルマ」を半分という組み合わせで出してくれました。

サービスでアルメニア・コニャックまでいただいてしまいました。アルメニアン・ティーをください、と言うと、大体、ハーブ・ティーが出てきます。

モスクワで手作りドルマ:http://kie.blogsome.com/2009/07/10/dolma/

缶詰のギリシャ・ドルマ:http://kie.blogsome.com/2010/05/16/greek-dolma/

タシュケントで冷凍ドルマ:http://kie.blogsome.com/2007/01/27/my-favorite-dolma/

アルメニアのお茶:http://kie.blogsome.com/2010/12/24/tea-in-armenia/

drink-潤い-напиток 25:00

レストランでアルメニアのお茶ってどんなお茶ですかと聞いたら、ハーブ・ティー(чай от трав|)と言われます。

市場でも草が沢山売っていました。スーパーのお茶コーナーでも、「Made in Armenia」と英語で書かれているお茶が売られていました。何故、その箇所だけ英語?と思いつつも買ってみました。タイム・ティーは美味しかったです(正露丸のようなローズ・ヒップは中々開くまで時間がかかりお湯が冷めてしまいます)。

ロシアン・ティーと言えば:http://kie.blogsome.com/2008/03/04/

ウズベク・ティーと言えば:http://kie.blogsome.com/2006/07/23/

カザフ・ティーと言えば:http://kie.blogsome.com/2007/09/27/tea-with-milk/

something-愛すべきもの-любимое 25:00

ジンギャロ・ハツのランチ後、4月の桜の時期にアルメニア人向けに日本ツアーを企画しており、そのポスターの確認に行くというアシャさんについて、印刷屋に行ってきました。

最少遂行人数が25名と聞き、そんなに人が集まるのかと思ったら、既に25名からの申し込みがあり、最終的には40名程度になるだろうとのことでした。そんなに安い旅行ではないだろうにと、驚きました。「不況、不況って言っている割にはね・・」とのこと。

こちらは、モスクワでもよく見かけるソ連時代のプロパガンダ・ポスターです。

お酒好きの友達がモスクワに遊びに来た際、彼女は、自分のお土産にとこのポスターを探しましたが見つかりませんでした。その後、ポストカードを見かけたので、帰国した際に買って帰り渡しました。

foods-情熱-блюда 25:00

アルメニアでの歴史的建造物巡りは、いつのまにか美味しい物巡りに。

車で移動中、ガイドのアシャさんとアルメニア料理の話しで盛り上がり、香草の詰まったラバッシュがもう一度食べたくて、と話したら、ハチャプリの美味しい店に寄ってから、このラバッシュの専門店に連れて行ってくれました。

焼きたてで美味しいかった・・。このラバッシュは「ジンギャロ・ハツ」と呼ばれ(ジンギャロ=香草、ハツ=パン)、元々は、今もアゼルバイジャンとの領土問題が続くナゴルノ・カラバフ地方の食べ物なので、エレヴァンのどのレストランにもあるというわけではないそうです。お店の名前も「ジンギャロ・ハツ」で、メニューにはジンギャロ・ハツしかありません(600ドラム、約240円)。住所はコミタス通り36番です。街の中心ではないことは確かです。

香草について。キンザ(コリアンダー)は、ロシアのものとは違う、太陽の強いアルメニアで育ったキンザは味も香りも濃いとのことで、外国に住むアルメニア人はアルメニアで乾燥キンザを大量に買って持って帰ると話していました。一方、ペトルーシュカ(オランダセリ)はロシア産の方が美味しいそうです。

モスクワのアルメニア人宅で:http://kie.blogsome.com/2009/07/01/lavash-with-grean-vegetables-and-herbs/

something-愛すべきもの-любимое 25:00

霧がかかっていて大アララト山の山頂しか見ることができませんでしたが、しばらく佇んで眺めていました。大アララト山と小アララト山があり、小さい方でも標高3925mもあり、大アララト山は標高5169mです。

something-愛すべきもの-любимое 25:00

ガルニ神殿を後にして、さらに山の中に進むと、ゲハルド洞窟修道院があります。

アルメニア正教の、いやアルメニア人の心とも言える石の十字架「ハチュカル」が修道院の至る所にありました。

アルメニアの十字架は、その先にも十字架が付いている点が特徴だと説明を受けるまで、先の模様が十字架であることに気がつきませんでした。先端はただの飾りで、派手な十字架だなと思っていました。

美味しいわよ、と飲むように勧められました。

大丈夫かなと不安になりながら飲んでみました。

でも、お腹を壊しませんでした。

修道院の中にも水が湧き出ており、「聖水」ということで売れるそうです。

モスクワでも、アルメニア人コミュニティに持っていけば買ってくれる人がいるわよ、とは言われましたが、手を洗うだけにしました。

下の一室は音響が素晴らしく、世界的に有名な歌手がここでレコーディングをしたことがあるそうです。部屋の真ん中に立ち位置の目印のような窪みがあります。音響効果を入念に考えて造られた部屋なのか謎です。

 

アルメニアは、世界で最初にキリスト教を国教にした国ですが、ミトラ教等々の名残で、キリスト教としては珍しく、生贄を捧げる習慣が残っているそうです。修道院横に、生贄をさばく場所がありました。

道中、アルメニア料理で話しが盛り上がり、観光をサクッと終わらせ、ツアーはアルメニア料理ツアー(?)になりました(詳細は別項で)。